IE9ピン留め
 

 ユッケジャンとは何か?典型的韓国家庭料理である。ユックは肉。ケは犬。ジャンは醬油かな?
もともとは犬のスープであったようだ。今は、牛肉が基本である。牛肉の唐辛子スープである。具としては、乾燥ずいき、里芋の茎を乾燥させたものを使う。

 昔、刑場の露と消える前にせめてユッケジャンを食べたいとまでいわれた料理であると、なんかで読んだ記憶がある。

 韓国ではごくごく普通の料理である。でも韓国でも、旨いというのにはあまり出会えない。醬油っぽかったり、味が薄かったり、満足した記憶はあまりない。逆にこれは!というものにありつくと、感動ものである。韓国人はそんな感慨はないだろうね。
 とにかく、これを前から作ってみたかった。問題はずいきである。まあ、代わりにぜんまいのナムルを使うこともできるが、やはり、ずいきの歯触り、ほんわかとした甘みがないと、ユッケジャンとはいえない。
 去年夏、突然思い立って、京都中を探しまわった。韓国料理店、八百屋、干物屋。でも無かった。ネット通販ならあるのだけど、なんかリアルに手に入れたくてね。あきらめていた。それがさる方の奥様が僕のぼやきを半年も覚えてくださっていて、最近、ホイと、乾燥ずいきをいただくことになった。


 これは作らねば、俄然、盛り上がって昨日から、準備をはじめた。
 
 ユッケジャン食材のもうひとつの課題は、肉である。ブリスケというすね肉、硬くて繊維質のものが必要なのだ。三条通りの「弘」に行ってみた。残念ながらブリスケは塊ではなかった。仕方なく、スジを買い求める。「弘」のスジはそんじょそこらのもんではない!赤みと脂肪のバランスも良く、煮込むとテールのようになる肉なのだ。グラム280円を800グラム購入。エクセレント!!
もうひとつ、韓国、魔法の調味料ヤンニョム。これは「キムチの星山」で買った。



 乾燥ずいきはよく洗って、水から煮て、取り出してから、水に数時間浸す。肉の塊も水から煮て、沸騰させアクを出させてから、また煮る。4時間程度。
 ここまで時間をかければ、あとはもう一気呵成で仕上げる。


 ずいきは水を切り、食べやすいサイズに切る。肉も適当に切る。ブリスケだと線維にそって、ピーっと裂いておく。ああ確かに犬肉に似てるなあ、この感じ。肉のスープは味の基本になる。ユッスという。ユック(肉)とス(水)の意味である。


 あとの具は適当に。ゼンマイ、豆もやしのナムルあればいっしょに放り込むとしよう。ネギはどっさりと使った方がいい。細長く斜めに切る。玉ネギも使う。今回は半玉。

 では始める。めっちゃ簡単。

 フライパンに、ごま油をひき、おろしニンニク(今日は二粒だったけど)、粉唐辛子(今日は大さじ2杯ぐらい)を入れ、くねくねと炒める。で、火を止めて、一切合財を入れる。玉ねぎ、ネギ、肉、ヤンニョム(大さじ2杯)、コチュジャン(大さじ1杯)、冷蔵庫にあった豆もやしのナムル。ゴチャゴチャかき混ぜて、ユッスにどっと流しこみ、煮る。ユッスの量は味の濃い、薄いに影響する。今日の分量だと、中鍋いっぱいぐらいにしてから煮込み、辛かったらスープを足していくというやり方がおすすめ。


 アクをとりながら煮て、醬油と塩、胡椒で味付ける。醬油は大さじ4,5杯入れました。

 最後に、溶き卵をズーッと入れて完成。

 ユッケジャンをご飯にかけたり、ユッケジャンにご飯を入れたり、もう両者(?)は完全にラブラブです。

 時間をかけないで作ろうとなると、ずいきはあきらめて、ゼンマイのナムル、スープは、市販のテールスープを使うといい。そうすれば牛肉はどんな部位でもいい。
 でもね、ずいきはいいもんだ。いっぺん食べてみなはれ。ねえHalさん。

# by mihira-ryosei | 2011-02-12 20:40 | キッチン


今年の年賀状、なんとなく気に入ったものの写真のコラージュにしたのです。16枚の写真になってしまったので、いちいちについてコメントを書くことができず、「タネ明かしはブログでと」書き添えました。まあ年賀状をもらって、いちいちブログを覗いてくれる人がそんなにいるとは思いませんが、まあ、とにかくコメントします。



カワイイナという以外に、特に意味はないのです。中国・広州にいったときに撮ったもの。ネッスルを雀巣というのが素晴らしい。



 京都、団栗宮川筋あたり。志と書いて、こころと読ませる店。牛肉おにぎりです。味はもちろん抜群ですが、ビジュアルも美しい。



福岡で行われた立命館大学の全国校友大会の模様です。秋山具義さんデザインのロゴがいいなと思って撮りました。



 韓国・ドキュメンタリー映画『牛の鈴音』。去年最も感銘を受けた映画。このブログでもとりあげています。DVDも発売を待ちかねて買った。



去年、最も数多く足を運んだ韓国料理店、水月亭西院店。ここは豚が基本。蒸し豚はほんとにおいしい。写真は珍しい「生の豚の小袋」つまり子宮。こりこりしていける。この店、焼肉もあるけど、素朴な料理が泣かせるほどいい。特におすすめはキムチチゲかな。気負いのないさらりとした味だけど、なんかなつかしい味。



  去年、5月の連休に、脱北者の親子を描いた韓国映画『クロッシング』を観た日に行った難波の居酒屋かどや。おっさんの殿堂。これもブログでとりあげている。



昨年食べた数あるラーメンの中で最も印象的だったのが、このラーメン。熊本駅近くの「黒龍江ラーメン」。黒龍江というとなぜか、「残留孤児」を連想してしまうのだが、ラーメンは、焦がし油風味の熊本らしい味。



 去年は、少女時代、カラなど韓国女性グループが日本でも受けにうけていたけど。ワンダーガールもありまっせということで。彼女たちは今は、アメリカでの活動が多いようだが。

 


京都・四条大宮あたりの居酒屋・風のミンチカツ。この店の売りは新鮮な丹後の魚なのですが、ここの大将、肉料理もおいしい。定番メニューでも餃子は大人気。ところでこのミンチカツ、狂喜乱舞するほどうまいのに、たまにしか出ない幻のメニュー。



ROSEN。ローゼン。かつて千里中央で、注文されたケーキを汽車で運んでいたという伝説の店。いまはもうない。同級生がもっていた店のお皿を送ってもらった。



 台湾・台中にある東海(トンハイ)大学のキャンパス。この大学では教員もキャンパスの中および周辺の家に住む。学生規模は小さくないけれど、アットホームな大学。自然の中に、古色蒼然たる建物、そして並木。



京都・御池間之町上ル、笹蔵。僕のとっておきの店である。それこそおいしいものいっぱいだけど、写真はあえて、素焼きそば。その名の通り、ほとんどうるさくしないでつくったもの。いつもフィニッシュに頼んでしまう。
 
 素やきそばの隣は、重症の骨折をしながら屈託のない息子。



 韓国の名門・梨花女子大学。あっとおどろくキャンパス大改造をやってのけた。一見の価値がある。写真男はボク。女性はオリンピックメダリスト。撮影は彼女の夫。

 その下が、甲子園ライトスタンドで阪神を応援するボク。この試合、能見の快投で読売を粉砕。



  最後が、Q-Chews、去年の夏ライブの模様。
  今年のライブは、1月9日、日曜日 5時から、大阪・西中島南方 D.Ⅲでおこなわれる。
 ライブには、紅白歌合戦に、川中美幸のバックダンサーとして遂に出場を果たした中島信也(CFディレクター)も、恒例の出演。


  というわけで、本年もなにかとお騒がせします。よろしくお願いいたします。

 






 

 知人が、キムチチゲ屋でもやろうかなと。それで、僕のレシピを教えてくれと。おい、おい、冗談ではない。キムチチゲをなめてはいけない。もっと深遠なもので、韓国の大地で、絶品をたくさん研究してから考えればどうかと答えておいた。
 でもよく考えてみると、僕自身、キムチチゲを韓国でちゃんと食べたという記憶がない。あまりに日常的なので、韓国の友人たちは僕をキムチチゲに誘わなかったのだろう。
 この8月、韓国にいったときに、ソウルの「キムチチゲ」の名店にフォーカスしてみた。ところが、どいつもこいつも日曜日休み。労働者、庶民の食べ物なのだということが窺える。ひとつだけ、検索にひっかかったのは、江南(カンナム)、チョンダム洞のチャンドクテ・キムチチゲだった。有機白菜キムチを100%使っているのがウリで、それらは3年ぐらいの熟成キムチなのだろう。行ってみて、一目で、ああ、これはキサシクタンだと。つまり、タクシーの運転手が好んで選ぶ食堂なのだ。期待がふくらむ。店は満員。壁には芸能人のサイン色紙でびっしり。


 メニューはキムチチゲしかないので、特になにもいわないでいた。ちょうど目の前に、若いタクシーの運転手、向かい右手に中年の運転手が、まさに煮えたぎったキムチチゲを食していた。あ~そうだ、とラミョンサリを注文する。インスタントラーメンの麺だけを入れて食べる。一人前でも半分でも注文できる。キムチチゲには若干のおかずも、ご飯もつくので。


 向かいの若い方のチゲがすっかり煮えているので、店のおばさん、アジュマが、若い方のコンロを僕の方にむけてチゲを置き、ガスを点火。強い火力ですぐにグツグツ煮える。そこへラミョンサリを投入。ここまではよかった。で、ところで飲み水はどこかいなとキョロキョロあたりを見回す余裕まであった。スープを味見する。酸味、コク、辛味、ほのかな甘み、すっきりとしたスープ、実にうまい、うまい、よかった、よかった、あいつにこの店のことをおしえてやらないとな・・・と。


 そのとき、鍋に異変がおこっていた。ラミョンサリが急速にスープを吸収していたのだ。たちまちスープが底をつき始めた。若いのが親切に、火を弱めてくれる。すると、中年の方が、僕に大きなペットボトルの水を差しだしてくれた。おおそうか、これで煮詰めたスープをふたたび蘇生するのかと、僕は冷水を鍋にドボドボ注ぐする。これ見た中年の方は少し怪訝な表情を浮かべたが、気を取り直してすぐに若いのに火を強めよと促す。(たぶん二人は他人です)


 いや~~うまい、水で薄めてもうまい。ところがまた強い火力ですぐにスープが底をつく、また若いのが火を弱める。水をドボドボ、火を強め、スープが底・・・を繰り返しているうち、店のアジュマがのんきにやってきて、「スンニュン?(スープいる?」といった気がする。「・・・・・あるんだ!」、やかんに入ったそれを注いでもらった。中年のほうは、ほっとしたような顔をした。今度はアジュマが点火してくれた。珍しく動転していた。かすかに手が震えていた。前の運転手、二人が起ちあがった。目で謝意。微笑みがえし。日韓の真の友情の発露。
 なんということだ。キムチチゲをなめていた。まともにキムチチゲのことを考えたことはなかった。これこそ韓国料理の王道ではないか。庶民の伴侶ではないか。素材が単純なだけにこだわり、スープを極めている。
 これからはキムチチゲが増えそうだ。



# by mihira-ryosei | 2010-08-28 20:39 | 韓国なんでも
宇都宮で餃子をパクつき、日光東照宮の見学、そして夕食は水戸である。

こうなりゃ、常陸牛というわけで、「巨匠」という鉄板焼き・ステーキの店を予約。牛を食らうという点においては、関東は関西にはかなわないのか、ブランド牛は東日本にはあまりないのではないか。松坂、近江、但馬、伊万里、宮崎・・・・・。


店の方も、「前沢牛は有名ですけど常陸牛はねえ・・・、おしいしいんですけど・・・・」。
自信をもっていいと思う。ただ名前がブランドになるには難しい。いっそ日立にするか、イバ牛にするか・・・。



翌日仕上げはラーメンである。水戸の有名店、「天天」。
大盛況であった。このような濃厚な魚系だしは、最近ぼちぼちでてきたとはいえ、なかなかここまで思い切った濃厚さにはお眼にかかれない。僕の体験でいえば、天満の「洛二神」、京都の「高倉二条」、あと高野のなんとか座(くら)だけど、及ばない。おすすめです。関東のラーメン食ってる感がありあり。




で、東照宮についてはこの2枚。ひとつは壮麗な陽明門の解説だけど、なんか日本語が変だ。



さらに眠り猫。よくわからないからと大きな札がで~んとあるのが、「ここで眠ってまっせ!!」とうるさくしていておかしかった。おちおち寝てられまへんな。お猫はんも。




神になった家康および徳川家の功績。朝鮮に一兵の兵も送らなかったこと。朝鮮通信使との友好を育んだこと。とにかく幕末まで戦争せんかったこと。
竜馬がせっかく命かけてつくった明治政府の方がよっぽどあくどいかもな。
大阪人のくせに家康に優しいのは、「影武者徳川家康」(隆慶一郎)の影響かな。
この間のQ-Chewsのライブ、「夏の陣」ってタイトルつけたら、同級生から、「(夏の陣)は負け戦やんか」と物言いがついたんだから。大阪には豊臣家背負ってる奴がまだおる。












# by mihira-ryosei | 2010-08-15 00:31 | 旅行


二日目は少し遠出して、宇都宮で昼食してから、日光東照宮にいくことにしていた。

宇都宮が餃子日本一の消費量を誇っている町だということは知っている。最近、浜松に追いあげられているということも。



手っ取り早く食べようということで、餃子店が集合している「来らっせ」に。入口の各都市別餃子消費量によると、過去に京都も上位3傑に入っていることが多いのに驚く。王将効果か、間違いないだろう。



食べたい餃子の店にいって、注文し、お金を払う。ちっちゃなプレートをもらって食卓においておくというと、定員さんがとどけてくれるという仕組み。


あっさり、ぷりぷりの「めんめん」の蒸し餃子が好評で、お替りされていた。
他は以下の通り。餃子は餃子なので、がんばってつくればうまいに決まっている。うまさにおいて特別の感慨もないが、餃子で生きていく決意をした町に来ているという実感は湧いた。確かに、豚骨ラーメンとか、明太子、八つ橋みたいに、それ自体がある程度の地域性を有しているわけではなく、どこにもある普遍的なもので、目立とうとしたわけで、これはかなり難しことではないかと思う。
だいたいどんな味かは想像がつくから、餃子をめざしてわざわざ行くのかという感じはする。でも、そう考えながら、すべての店に餃子を注文し、うまいうまいと食べている関西のおっさんもいるわけで・・・・。









ラー油マヨネーズのご飯、餃子のサラダもあり。





帰りに売店で、餃子ストラップを買った。色の濃さによって、水餃子、焼き餃子、揚げ餃子と表現しているようだ。


# by mihira-ryosei | 2010-08-13 10:41 | 旅行
 


 娘を訪ねて、ヨメハンと茨城県水戸市へ。
 夕方、大洗海岸へ。東映映画のはじまり、はじまり~~~のあの荒々しい、いかにもヤクザ映画に似つかわしい海岸は、ここ大洗海岸だそうな。

 そんなことより、行った先は、海岸にほど近い、「土びん」というお店。娘は冬に来て、アンコウ鍋を賞味したそうな。出汁は水ではなく、すべてアンコウの水分でしあげた鍋とのこと。その話を何度も何度も繰り返すのには、閉口した。
 店は、地元のおっさんが、U字工事にドスを効かしたような声で、わいわい言いながら飲んでいた。きっと、うまいっぺ(?)と思わせてくれる雰囲気だ。


 刺身は、カツオが素晴らしく美味だった。イワシ、ウニ、お化けのような岩カキも。



 揚げ物は、目光、ヒラメ。これも◎。



 焼き物は、ほうぼう。僕はこれが一番うまかったな。あっさりしていて、ほくほくしていて。



 最後、海鮮丼とかできます?とメニューにはないものを注文してつくってもらった。
 アラ汁、シジミ汁と食べたのだが、このお椀が小型の洗面器みたいで、一同、満腹。



 ヨメハンは、この夜から、娘の勤務先にかかわりなく茨城県への移住を夢見るようになったし、京都に帰ってきてからも、「注文の順番を間違えた、今度行ったらもっとうまく頼めるのに」とこれも、何度も何度もしつこく悔んでいる。

ビール、お酒少々飲んで、3人で12,000円でございました。ごちそうさまでした。

 今度行くときは、ペース配分、注文する量に十分配慮すること、できれば「アンコウ鍋」にありつくこと。

 結局、歴史にうるさい僕は、水戸滞在3日間、偕楽園にも、弘道館にも、近寄ることはなかった。





 
 

# by mihira-ryosei | 2010-08-12 23:10 | 旅行
 


別府から帰ってきたら、『僕らの千里ラプソディ』、OFFICIAL SITE とかなんとかいって、公開されていた。おいおい、ボーカルはこれから本気で録音するやで、と思ってたのに。ちょとやばいとこあるよ、ほんと。
 まあ、途中公開ということで、聞いてやってください。
 
http://www.apples.co.jp/9/index.html
# by mihira-ryosei | 2010-08-07 23:01 | Q-Chews
 

 
 梅雨はゲイ的、いや劇的に開けてくれて、くそ暑いのなんのって・・・・、まさに炎天下の2時に、コンクリートと高架の大阪・西中島南方でライブ、ちょうど1週間前のこと。
 来ていただいた50名のみなさん、ありがとうございました。
 やっぱり年だろうか。疲れがたまっている。僕たちはライブのあと、4年ぶりの同窓会に参加、2次会、3次会と狂宴に突入。夜中にタクシーで脱出した。
 僕はそのあと目覚めてから、別府、博多と出張から始まる週を過ごしたので、さすがに昨日は、泥のように寝ていた。

 ライブは、中島信也が駆けつけて盛り上げてくれた。いつものように「愛の落とし子」(別名うんこの歌)にはじまって、雰囲気のあるオリジナル、最後には「Abby Road」のB面をやってくれて会場を沸かせてくれた。流石です。ネバダネバダ。(こんな使い方はしないか、矢島美容室では)



 Q-Chewsはといえば、今回、ずぶとく演奏やり直しを3回やるなど、「悪慣れぶり」を「アピール」。でも、高井が自身の曲、「7月の雨上がり」という名曲を彼のボーカルでようやく披露。クボッチも、リードギターの猛練習でされを支えた。後で勇気をふるって、音源聞いてみると、鈴木はベースラインに凝りながら、「歌えるベーシスト」めざしてコーラスにチャンレンジしていたし、福井も勝負するドラムシーンを自らつくっていた。僕は、思ったより喉が良くなく苦労した。汗を流し続けていた。
 でも客席が乗ってくれ、笑ってくれ、聞いてくれ、楽しかった。詳しいもようは、Q-Chewsブログで。http://blog.livedoor.jp/q_chews/archives/586706.html

 ところで、ライブで話題となり、その後も語られることの多かった、今度の僕のファッション。
「黄緑のドット」シャツ。口の悪い人は、カエルとか、グッチ裕三とかいうけど。前日、追い詰められて、北山通りのお店で買いました。実は僕はここのブランドのファンです。
 悪いか!


 
http://kato-aaa.jp/brand/kato/collection.php?pageno=3&season=1003








# by mihira-ryosei | 2010-07-25 12:43 | Q-Chews


 うっとおしい雨が続いています。でも今度の日曜日には、カラッと見事な夏空にしてみせましょう。Q-Chewsライブ・夏の陣―尾崎君から、今回ライブのステッカーのデザイン届きました。 当日、来場者にはお配りします。
 さあ、練習!!  
# by mihira-ryosei | 2010-07-14 21:46 | Q-Chews


 夏ライブのお知らせです。去年の1月、7月と同じく、今年も1月、7月になりました。そういう意味では4回目のライブです。場所は、今年の1月ライブで、音響もスタッフのみなさんのサポートも、すっごくやりやすかった西中島南方のD.Ⅲです。
 僕たちQ-Chews、2006年7月に開かれた豊中第9中学、1974年同窓会で、三十数年ぶりに再会したメンバーで結成され、4周年。しかも今回は、4年ぶりにライブの直後に同窓会が行われることになっています。その関係上、開演が夏の一番くそ暑い時間帯ですが、これまでとはまた違う熱い雰囲気になるかもしれません。(会場は涼しくしてもらいます)
 これまで応援していただいた皆さんにも、去年の7月より、今年の1月よりも、いい演奏をしたいと思っています。ぜひお越しください。

 1月にも来てくれた同級生・中島信也も来演決定です。

 このチラシ、『僕らの千里ラプソディ』のイメージですね。やりますよ。最高のラプソディにしますとも!!
 
 
 

 
# by mihira-ryosei | 2010-05-24 00:08 | Q-Chews
 

 ハルバースタムの最後の大著である。勝者と呼ぶべきものが浮かばない朝鮮戦争という不可思議な大戦争をめぐって、さまざまな考察がなされている。僕がページを折った箇所だけで、新書ぐらいにはなるかも知れない。

第53章 遙かなり朝鮮半島
 すべての戦争はなんらかの意味で誤算の産物かもしれない。だが朝鮮では戦争当事者双方の重要な決定のほとんどすべてが誤算に基づいていた。まずアメリカが防衛範囲から朝鮮半島を外し、これがさまざまな共産側当事者の行動を誘発した。ついでソ連が金日成の南への進行に青信号を出した。アメリカの参戦はないと確信したのである。アメリカは参戦した。そのときアメリカは、立ち向かう相手の北朝鮮軍の能力をひどく過小評価する一方、初めて戦闘に赴くアメリカ軍部隊の準備体制を法外なまでに過大評価していた。アメリカ軍は後に、度重なる警告に注意を払わず、38度線の北に進撃する決定を下した。
 

それからこの戦争における単一では最大のアメリカの誤算があった。マッカーサーが中国軍は参戦しないと確信したがゆえに、はるか鴨緑江まで進撃することを決め、自らの部隊をこのうえなく無防備な状態にさらしたのである。そして最後は毛沢東だった。かれは兵士の政治的純粋さと革命精神がアメリカ軍の兵器の優位(そしてその腐敗した資本主義的精神)よりもずっと重要であると信じ、そのために朝鮮北部での緒戦の大勝利の後、部隊をあまりにも南下させすぎ、その過程で恐るべき損害を出した。
 しばらくの間、望むものを手にしたのはスターリンただ一人だったかのように思われた。スターリンは毛沢東のチトー化と中国がアメリカと手を結ぶ可能性とを恐れ、中国がアメリカと闘う決意をしたことに少なからず満足だった。しかし冷血で計算高いスターリンでさえ、何回か誤算を犯した。かれは最初、アメリカの参戦はないと考えていたが、アメリカは参戦したのである。ソ連の傍観するなかでアメリカが中国と戦うことにスターリンは当初、不満ではなかったかもしれないが、ソ連にとっての長期的な結果は、実のところ複雑きわまりないものであることが判明する。致命的なまでに重要な初期の数か月間にスターリンがしてくれなかったことについて、中国は恨みを抱きつづける。そしてこうした怒りの感情が数年後の中ソ決裂の要因になったのである。しかし、おそらくそれ以上に重要なのは、中国の参戦がアメリカの国歌安全保障問題に対する見方に深甚かつ永続的な影響を与えたことだった。・・・・アメリカを以前よりはるかに安全保障志向の強い国家に変身させたのである。・・・アメリカ政治も毒され、そこでの一大懸念は―――地政学的な理由ではなく、国内の政治的な理由によって―――この国は共産主義者に奪われるのではないか、ということになった。そのために、アメリカのアジア政策は深い傷を負い、当時のレーダースクリーンにはほとんど映ることのなかった国、ベトナムへの政策に深刻な影響をおよぼす結果になる。

 もちろん金日成も誤算をした。アメリカが韓国を守るために部隊を派遣することはないと判断したばかりか、自分自身の声望とその革命をめぐる神話のゆえに、北の部隊が南に乗りこめば、南部の20万の農民が一致団結して立ち上がると確信していた。金日成は国を統一できなかったばかりではない。アメリカに韓国の重要度を格上げさせたのである。アメリカは軍事的に韓国を守るだけでなく、戦後の時期に財政的に成長を支援し、北朝鮮を足元にも寄せつけないような、生存力あふれる韓国社会を育てた。戦争終結から50年たつが、韓国にはいまもアメリカ軍が駐留している。そして韓国は発展途上国の経済指針ともいうべきものになり、1980年代末にはその経済がソ連自体をはるかに上回る活力を具えるにいたった。それに対して北朝鮮は、相変わらず悲惨で冷酷な取り残された場所であり、全体主義と経済的貧困、そして外国嫌いのままである。

 指導者、政府が犯した誤算、誤解により、朝鮮半島の人々、アメリカ人、中国人が、無駄に犠牲になった。そしてそのことは戦後にもそれぞれの国に影響を与えた。韓国についても、ハルバースタムのいうようないい話ばかりではない。戦後長らく、反共を「錦の御旗」として、軍事独裁政権が続いたし、日帝の植民地支配と朝鮮戦争による分断固定化と光州事件のような悲劇を生み、ベトナム戦争にも参戦した軍事独裁、それぞれの深い傷跡、爪痕から、韓国はまだ自由ではない。

 戦争は、ある面で、もっと合理的なものだと思っていた。しかし、アメリカも、中国も、北朝鮮も、それぞれ内政問題や権力闘争などが、戦争遂行に非常に大きな影響を及ぼしており、信じがたい不合理さのただなかで、またして無数の兵士、市民が犠牲になった。

 そして、この本、兵士たちのあり様、権力者たちの姿が、実に生々しい。腐敗も、怠惰も、傲慢も、臆病さも、勇気も、正義感も、愛情も、哀れさも、すべてが。だからこそ、長大な本を読み続けられたのだと思う。

そして日本である。この戦争を日本経済発展の礎となった「朝鮮特需」とだけ位置づけていていいのか。日米同盟、日本の基地化、戦争放棄と自衛隊など、1951年から時間軸を延伸させて考えてみるべきテーマはとても多いように思える。

『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』上・下 
デイヴィド・ハルバースタム/山田耕介・山田侑平 訳 (文藝春秋)
# by mihira-ryosei | 2010-05-16 01:31 |

 
 実は、とても重たい映画だというのはわかっていたので、かどやで、ホロ酔いになって映画館に入ったことは、結果として僕にとってはよかった。
 はたして映画は、想像以上に重たかった。何度も涙し、目をそむけ、胸が痛かった。現在の北朝鮮と脱北という現実。そして、民衆に降りかかる恐るべき理不尽な不幸。
 ところでテレビでこの映画を絶賛しつつ、「現政権を打倒せよ」、「軍事クーデターに期待する」などと叫んでいたコメンテーターがいたが、そういうために動員されてみるような映画ではなかったように思う。もちろん北朝鮮の人権のために闘っている人たちがいることは素晴らしいことだと思うけど。

 主人公の家族のみならず、北朝鮮の人々の生きざまは、人間として美しく、気高く、やがて、自らの力で国を変えていくだろうという希望の光も微かに見えたような気がした。

映画、としても十分に魅力のあるものになっている。北朝鮮の「中」、脱北シーン、そしてモンゴルの砂漠、ストーリーの展開も、映像も。



なにが、この異常な国を生みだし、成立せしめ、そして、日本の植民地支配の36年をはるかに超えた今も、いまだにこの体制を維持させているのか。
 北朝鮮をとりまく歴史、ソ連(ロシア)、中国、アメリカ、日本などとの国際関係も含めて、冷静に考察し、私たちになにができるのかを僕自身にも問いかけなければならない。
 たとえば、日本が変わればなにかが変わるのか。いや、どう変わればなにかが変わるのか。わかりにくいなあ。

映画を観終わった後の心斎橋、僕はまだ酔いが十分に残っており、視界に入る風景が、たむろしている若者、ドーナツを求めて90分待ちの行列、そして、御堂筋はくらくらして夏のように暑く、それに映画の残像が次々浮かんできて、さらにああ沖縄のこともあったなとか・・・なんだか不思議な感覚に襲われた。

 観てください。ぜひ。
# by mihira-ryosei | 2010-05-05 22:05 | 映画・音楽
 

 

 映画「クロッシング」を観に、心斎橋に出かけた。前日混んでいると聞いていたので、朝9時に烏丸駅を出て、10時につけば、10時すぎの1回目上映に間に合うかもと期待していた。たとえだめでも12時過ぎの上映にはいけるだろうと、読んでいた。ところが、着いてみるともう行列、1回目はおろか、2回目も満席完売。なんじゃこれは!!
 仕方なく2時過ぎのチケットを購入。そんなんで、4時間弱の時間ができた。1時間ほどは懐かしの心斎橋、道頓堀、千日前をぶらぶら歩き、喫茶店へ。そして開店をねらってめざしたのが、豚足、ホルモンの店、「かどや」である。
 お昼12時過ぎ、もう店内は満員に近い状態。カウンターにすわると、フィリピンの別嬪さんに注文を聞かれた(写真にキレイなお手が写っています)。仕入れ前か、生レバーはなく、生センマイ、豚足、蒸し豚、マメの串焼きなどをビールと共に頼む。飲むほどに、隣のお客とも話がはずみ、ここが絵にかいたような大阪なのだが、いろいろ聞きもってメニューも追加。「子豚腸」がわからなかったがおいしいというのでたので見たら、どっさりの生姜の千切りの下にはボイルしたコブクロ、つまり子宮だった。確かにうまかった。豚足の鍋からスープを赤だしを入れるよう器にいれてお客さんに出していたが、あれなんやろ?

 5月の連休最後の日、こどもの日に、おっさんは、昼間から、かどやで一杯のみ幸せ。
コブクロがおいしいというから5月5日はおっさんのホルモン記念日・・・・・。




 北山橋西詰から、府立植物園のフェンス沿いに下ル、賀茂川の堤道が、半木(なからぎ)の道。
まだまだ今週は楽しめますよ。
 
# by mihira-ryosei | 2010-04-11 23:15 | 京都なんでも
 

 年間生産、すべて手作りで、ギター5000本。日本を代表するギターメーカー、K.YAIRIの本社がある岐阜県可児市にいってきた。

 僕のアコギは2本とも,K.YAIRI。1本はGW1100M、2005年製(写真左)。スタイルのきゃしゃなもので、MARTINだとOOO(トリプルオー)スタイルに近いもの。ライブで使っている。もう一本は最近ヤフオクで買ったもの。YW500P、なんと1977年製(写真右下)。5年のつきあいになるが、「永久保証」をうたうだけあって、修理やピックアップのとりつけの対応がとてもまごころを感じるもので、一度行ってみたいと思っていた。高速道路も1050円だし。

 K.YAIRIを使っているアーティストはたくさんいるけど、たとえば、桑田佳祐、龍馬・福山雅治、BIGIN、宇崎竜堂、GLAY、豊中九中の「後輩」矢井田瞳など数限りない。あのポール・マッカートニーも。工場見学のとき、ギター職人の至宝・小池さんが制作していたのは、宇崎竜堂のだった。
 ちなみに、僕のGW1100を使っているのは、アグネス・チャン(?!)、尾崎亜美、いとうたかお、などだそうだ。

 で、今度、33歳のギターも、本当に深くてよく響く音がするので、スタジオで使おうと、ピックアップ(ギターの中にマイクをとりつけて、エレキギターのように弾けるようにする)をとりつけにいったのだ。

 
予約しておいたので、工場も丁寧に案内してくれた。材質の違いから、木の乾燥のさせ方(3年から10年)、ギターができるまでの工程をじっくりと勉強させてもらった。それぞれの持ち場で職人さんが、ギターづくりに没頭していた。
 面白かったのは、あちこちの工程で、木に、ギターの部品に、ギターの卵に、音楽を聴かせていたことだった。響きをなじませるのだそうだ。ギターはとにかく弾いて、話しかけてほしいと。

 自分のギターも、大切にしようっと、しみじみ思った。                                                       


 4月24日、25日の二日間、K.YAIRI 75th Anniv.Fes が、おこなわれるそうだ。無料ライブ、工場見学、アウトレット特価市。
http://yairi.co.jp/75-fes.html

# by mihira-ryosei | 2010-04-11 23:01 | 旅行

< 前のページ

次のページ >