オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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どうしてひとりで歌ったの? 坂庭省吾の追悼アルバム

 e0065380_2073482.jpg今年1月28日の当ブログにおいて、高石ともやとザ・ナターシャーセブンをとりあげ、その締めくくりに、メンバーであった坂庭省吾への期待を表明していた。その後友人T君から、「知らんかった」というタイトルのメールが届いて、僕は坂庭省吾の死を知った。2003年12月15日、癌で52歳の短すぎる生涯を閉じていた。毎日新聞が訃報を報じたが、それは二日後の12月17日のことであった。
 オンラインCDショップ・プー横丁で、彼のアルバムを買った。それがこの2枚。録音は、『ぼくの古いギター』が97年、『別れのうた』が99年、いずれも追悼版として、2004年に復刻された。
 先週届いたCDを今聞いている。ギター、フラットマンドリン・・ピッキングの歯切れよさ力強さは、間違いなく僕が中学生、高校生の頃、超人を仰ぎ見るように憧れていた坂庭省吾である。初のソロアルバム、『僕の古いギター』は、アメリカンフォークを中心としたものである。「柳の木の下」、「せめて今夜だけ」、「マイ ランブリンボーイ」などナターシャーセブンのメニューが懐かしい。今聴いてみると、ほとんどの曲が、死や別れをテーマにしたものなので、哀しい。表題曲の「ぼくの古いギター」では、「死んだらギターを棺に・・・」とまで歌っている。「海原」がよかった。
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 セカンドソロアルバム『別れのうた』は、坂庭省吾のオリジナル曲を集めている。「花嫁」も収録されている。弾き手としての坂庭省吾はまた作曲家としてもいい曲を残している。特にこのアルバムでは、「松原第七中学校校歌」が圧倒的に素晴らしい。これは大阪府松原市の校歌として実際に歌われているとのことである。笠木透の歌詞もよく、さわやかで、真っ直で、快活な校歌に仕上がっている。こんな校歌をもつ生徒は幸せだ。ところで歌い手としての坂庭省吾については、昔から高い評価はしていない。彼の声変わりし損ねたような高音が、どうしてもコミカルに聴こえてしまうからである。残念ながら、このアルバムでもその評価に大きな変化はないのだが、「校歌」では坂庭省吾の歌声がぴったりと調和していた。
 2枚のアルバムとも、坂庭省吾は一人で歌っている。コーラスは排除されている。どうして彼は一人で歌ったのだろうか、どうして。その疑問を抱きながら、「花嫁」を彼とハモッてみた。涙がでた。
by mihira-ryosei | 2006-04-23 20:08 | 映画・音楽