オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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カテゴリ:映画・音楽( 30 )

クロッシング 

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 実は、とても重たい映画だというのはわかっていたので、かどやで、ホロ酔いになって映画館に入ったことは、結果として僕にとってはよかった。
 はたして映画は、想像以上に重たかった。何度も涙し、目をそむけ、胸が痛かった。現在の北朝鮮と脱北という現実。そして、民衆に降りかかる恐るべき理不尽な不幸。
 ところでテレビでこの映画を絶賛しつつ、「現政権を打倒せよ」、「軍事クーデターに期待する」などと叫んでいたコメンテーターがいたが、そういうために動員されてみるような映画ではなかったように思う。もちろん北朝鮮の人権のために闘っている人たちがいることは素晴らしいことだと思うけど。

 主人公の家族のみならず、北朝鮮の人々の生きざまは、人間として美しく、気高く、やがて、自らの力で国を変えていくだろうという希望の光も微かに見えたような気がした。

映画、としても十分に魅力のあるものになっている。北朝鮮の「中」、脱北シーン、そしてモンゴルの砂漠、ストーリーの展開も、映像も。

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なにが、この異常な国を生みだし、成立せしめ、そして、日本の植民地支配の36年をはるかに超えた今も、いまだにこの体制を維持させているのか。
 北朝鮮をとりまく歴史、ソ連(ロシア)、中国、アメリカ、日本などとの国際関係も含めて、冷静に考察し、私たちになにができるのかを僕自身にも問いかけなければならない。
 たとえば、日本が変わればなにかが変わるのか。いや、どう変わればなにかが変わるのか。わかりにくいなあ。

映画を観終わった後の心斎橋、僕はまだ酔いが十分に残っており、視界に入る風景が、たむろしている若者、ドーナツを求めて90分待ちの行列、そして、御堂筋はくらくらして夏のように暑く、それに映画の残像が次々浮かんできて、さらにああ沖縄のこともあったなとか・・・なんだか不思議な感覚に襲われた。

 観てください。ぜひ。
by mihira-ryosei | 2010-05-05 22:05 | 映画・音楽

マンデラの名もなき看守

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 インビクタス」を観てからというもの、僕の中の「マンデラ振動」が止まらない。お風呂で、「コシシケレリ アフリカ」を放歌することが増えた。夜中は小声でやっているが。「マンデラ」で検索して、音楽CDも申し込んだ。DVDも借りてきた。

「マンデラの名もなき看守」である。2007年、マンデラの生誕90年を記念して制作された映画である。なぜか、ドイツ、ベルギー、イタリア、南アフリカ合作である。実話という。

マンデラの獄中生活は実に27年に及んだ。看守にとって、一級の「国家的犯罪者」であるマンデラを担当することは、さぞかし、名誉なことなのだろう。そして、マンデラをとことん「かわいがる」ことで、役目を果たしていったのだろう。ところが、この映画に登場する「名もなき」看守は、弁護士でもあったマンデラから告訴されなかった唯一の看守なのである。彼も、もともとはごく普通の軍人でマンデラを白人国歌の天敵と信じていたのだが、幼い時に黒人の友達がいたことなどもあって、本当のマンデラを知ってしまうのである。
そこから彼と彼の家族の数奇な運命が展開する。時代は、そもそもありえないアパルトヘイト体制がようやく、徐々に終焉へと向かう過程にあり、映画の中でも、白人と黒人、大統領とマンデラ、看守と黒人の政治犯の立場が、変化していく様が面白い。

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by mihira-ryosei | 2010-03-07 23:17 | 映画・音楽

インビクタス

 
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 上映中、だらしないことに涙を流し続けていた。
 哀しい映画ではないのだが、涙をぬぐい続けていた。
 南アフリカ共和国。かつてアパルトヘイト(人種隔離政策)のもと、少数の白人が圧倒的多数の黒人を支配していた。世界中で、闘いが繰り広げられた。ちっぽけだけど、確かに僕もその中にいた。
獄中に27年間もの間、つながれていた指導者ネルソン・マンデラが釈放されたのは、1990年2月11日。この映画の始まりである。

僕はその年の10月の終わりに、東京のニューオータニホテルで、ネルソン・マンデラに会って、握手をした。そのあと、いっしょにいったメンバーたちと茫然と酒をのみ、最終の新幹線に乗り遅れ、翌日の始発で京都に帰り、出勤したのを思い出した。当時、マンデラを指導者としていたANC(アフリカ民族会議、後に政権与党となるが)のミュージカルグループAMANDLAの日本縦断公演の京都会場の事務局をしていた。ネルソン・マンデラに会ったのが京都公演の前だったか、後だったか思いだせないが、たぶん、後かな、とにかく、京都公演は、府立体育館を満員にして、AMANDLAの歴史上最大規模のものになったので、それで、お呼ばれがあったのかも知れない。

この映画でもたびたび登場する歌、「NKOSI SIKELE AFRICA」(コシシケレリ アフリカ)、南アフリカをはじめ多くのアフリカの国で国歌になっている。アマンドラ公演の数年前、映画「遠い夜明け」でこの曲に出会い、映画以上に衝撃を受け、もちろんAMANDLAの公演にいたるとりくみにおいてもよく歌った。この世で、もっとも崇高で、荘厳で、美しくて、力強くて、心を揺さぶる曲だと、僕は思う。だから、この曲を聴くだけで涙が流れてしまう。

http://www.youtube.com/watch?v=H8iZ8jIqrQo

映画は、とにかく観てほしい。おもしろいから。

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by mihira-ryosei | 2010-03-01 00:40 | 映画・音楽
  
Hey Hey We're The Q-Chews 、「感動と興奮」のライブが終わった。去年の1月、7月に続いて3回目のライブとなったが、今回は過去最高の53名のお客さんに聴いていただいた。出番前は、「前座」のバンド、Black Box, Weird Duck etc が、うまくてかっこよくて、「ほんまにライブになってしまってる!」とおろおろしていた。僕たちの直前を務めてくれた、中島信也君(CFディレクター)が絶妙のトークと歌で、ややムードをオヤジ風にしてくれはしたが。その模様は、Q-Chewsブログでおいおい報告するとして、とにかく、なんとかかんとか、やった。反省は数限りないけれど、一番手ごたえのあったライブになった。打ち上げは、居酒屋で33名で、二次会は、いうまでもなく、椿やに繰り出して、韓国語表現でいう「フィルムが切れた」状態で、朝4時に帰宅。頭痛、倦怠感、虚脱感、筋肉痛・・・、目を覚ました午後は、ただただぼんやりしていた。

 一瞬、ふと、頭をよぎった映画のポスター。おととい見たポスター、「牛の鈴音」。なんか魅かれるものがあり、行ってみようと思っていたのだ。重い体で、京都シネマに向かった。


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 韓国のドキュメンタリー映画である。老人夫婦と老耕作牛の奇跡のような話。終わってからしばらくは席を立ちたくなかった。余韻に浸りたい、そう思わせてくれる映画に出会ったのは何年振りだろうか。心に沁みた。
子供のころ左足を悪くし、つえなしで歩けないのに、機械も農薬も拒否する頑固なおじいさん。年をとって、血圧も高く、頭痛に悩まされている。その農業を支えてきたのが、40年も生きたおばあさん牛。そのおかげで、9人の子供も育っていった。おじいさんは「人間より大切」と牛のために、飼料はつかわず、毎日、頭痛をこらえ、野良を這いずりながら、草を刈り続ける。「人間の」おばあさんがいい。頑固な夫、貧乏な生活、自分より牛を大切にする夫へのぼやき、愚痴、自らのパルチャ(運命)を恨むその言葉が、傑作だ。ときには、「メス」として牛へのヤキモチかなともおもえる言葉も飛び出す。その牛がいよいよ寿命だ。15年から20年といわれる牛の寿命からみれば大変な長生きだけれど。牛の死をめぐって、映画は展開する。
 また、老夫婦と牛をめぐる風景が痛いほど美しい。
 あ~、いい映画だったなあ。
by mihira-ryosei | 2010-01-11 22:50 | 映画・音楽
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2002年の韓国映画。前科3犯、刑務所帰りの男と重度の脳性まひ障害の女との衝撃的恋愛映画である。ベネチィア映画祭でも各賞を受賞。特にヒロインを演じたムン・ソリは激賞された。この映画の監督は、イ・チャンドン。僕の知る韓国映画ファンがベスト1にあげることの多い作品「パッパーミント・キャンディー」の監督である。
気になっていた映画であったが、なんとなく重そうで敬遠していたが、最近ムン・ソリに魅了されたので、覚悟してDVDを購入した。

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なによりも、重度の障害者と半年共同生活をして形作られたムン・ソリの演技は、凄すぎる。また、障害者の意識、感覚を、彼女の演技と、光と影を巧みに表現する映像と、そして、幻想シーンによって見事に描いている。
男性役のソル・ギョングも、社会から疎外された危ない感じ、なにかしでかすぞとヒヤヒヤする感じが実に、リアルで、素晴らしい演技といえよう。韓国はほんとうにいい俳優がいるものだ。

とにかく見てほしい映画。もうなにもいいません。

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*イ・チャンドン監督とムン・ソリ
by mihira-ryosei | 2008-12-28 18:19 | 映画・音楽
 今回も映画。しかも、韓国映画2作。どちらも、ムン・ソリという凄い女優が主演である。この女優のことを語る資格は、僕にはまだない。なにより「オアシス」を観ていない。「ペパーミント・キャンディー」、「大統領の理髪師」は観ていながら、彼女の存在を強く認識していない。でも、この2作で僕は、すっかりムン・ソリが大好きになってしまった。

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 「家族の誕生」は、オムニバス風に3つの物語を描きながら、最後に、「家族」を織り上げていく。家族は血のつながり、でも血のつながりとはなんだろう。他人は血がつながっていない。でも血がつながっていないとはどういうことだろう。人間として、ともに生き、ともに暮らすということと、家族であること、他人であることは、どう関係しているのだろう。姉(ムン・ソリ)と弟、弟の年増の愛人、弟の年増の愛人の元亭主と夫人の間に生まれた女の子。4人の物語。裕福な家庭を持つ男性の愛人であり、男の子を産みながら貧しい行商をしている母、その母に反発する娘、母の病死によって、残された男の子と娘。3人の物語。そして、大学生に成長した男の子と女の子が出合う恋の物語。ひとりひとりのキャラクターが実に面白い。それにしてもこの映画でも、韓国映画らしく、食べるシーンが多いこと、多いこと。泣きながら、笑いながら、怒りながら、沈黙しながら、孤独をかみしめながら、食べる、食べる。
 とっても素敵なラストあたりで、ムン・ソリのセリフがいい。
 「人生、なにがあっても、食べて、生きていくものなのよ」
 「家族の誕生」というタイトルは、ジンワリ深い。
 DVDのレンタル期間中、2回みた映画はこれがはじめてである。

 <監督 キム・テヨン 出演 コ・ドゥシム、ムン・ソリ、オム・テウン 2006年>

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 「私たちの生涯最高の瞬間」は、実話スポーツ物語。アテネオリンピックで銀メダルを獲得した韓国女子ハンドボールチームの物語である。「アジュマ」(おばさん)、古参の選手たちが、チームを再建していく話である。ここではムン・ソリは、国家代表選手としての栄光をもちながら、ダメ亭主に苦労する子連れ女性を演じている。借金を肩代わりしてくれるという誘いに、ふたたび選手として復帰する。それぞれのアジュマ達のふてぶてしい生きざま、友情がいい。
 <監督 イム・スンレ 出演 オム・テウン、ムン・ソリ、キム・ジョンウン 2007年>
 
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 どちらの映画も韓国人特有のむき出しの喜怒哀楽表現によって、対立・衝突・葛藤が圧倒的な迫力をもっており、そのことによってこそ、見事なドラマとして成立している。2作とも韓国映画としての魅力に溢れているといえよう。
by mihira-ryosei | 2008-10-17 22:33 | 映画・音楽
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 阪神は、ほんとに負けてしまった。しばらくは、新聞も、テレビも見たくないというそんなあなたに・・・というわけではないのだけれど。
 今年観た映画の中で、もう一度みたい映画と言えば、これ。「ONCE ダブリンの街角で」かな。静かな映画。じんわりじんわり、いつのまにか心の中に棲みついて、今でも懐かしくなる。ついにサントラ盤を買ってしまった。
 この映画は、恋人と別れ、年老いた父親と掃除機の修理なんぞをしている、貧乏なストリートミュージシャンの男とチェコから移民してきた夫と別居中、貧乏生活なれど、ピアノを弾く子連れ女性との愛の物語である。彼女との出会い、ふれあいを通して、彼はストリートから仲間と彼女を伴ってスタジオに入り、1枚のアルバムをつくりあげ、ロンドンに旅立っていくという話。二人が過ごすシーンひとつひとつが、アイルランド・ダブリンの街角も自然に溶け込んで美しい。男性のオヤジ、英語の不自由な女性の母親、ストリートミュージシャンたち、移民労働者たち・・・・。この映画に登場する人物で、裕福そうな人はほとんどいない。しかしかれらが、風景の中で醸し出す穏やかさは何だろう。映画に浸っていたいと思わせるものは何だろう。

 なにより音楽がいい。歌がいい。主演の男性・グレン・ハンサーは、アイルランドの人気バンドThe Flamesのメンバー。ボディにまで穴のあいたオンボロのアコースティックギターを響かせながら歌う曲は、イケます。かっこいい。監督・脚本のジョン・カーニーもそのバンドのメンバーらしい。また、チェコ女性役のマルケタ・イルグロヴァもミュージシャン。彼女のピアノと歌声も、独特の陰影があって魅力的である。
 ぜひ、聴いてほしい。
by mihira-ryosei | 2008-10-11 23:27 | 映画・音楽
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高校時代から大学時代にかけて、高石友也とナターシャーセブンに傾倒していた。宵々山コンサート。今回,28回目のコンサートに行って、配布されていた歩みを、何度も見て、ようやく、第3回(1975年・高校2年)、第4回(1976年・高校3年)、第5回(1977年・大学1回生)、第6回(1978年・大学2回生)は行ったことを確信した。第7回(1979年・大学3回生)は行ったような、行ってないような・・・はっきりしない。
 しかも、始末の悪いことに、誰と行ったかについての記憶がない。唯一の明確な記憶は、1977年。大学1回生のとき、クラスの女子学生など何人かと行った。はりきって前日から並んだ。それにしても、他のコンサートは、誰と行ったかは覚えていない、誰と徹夜で並んだかは覚えていないが、桂米朝、木の実ナナ、初代高橋竹山、赤塚不二夫、黒柳徹子、ミヤコ蝶々・・・・名だたる芸達者の芸に驚嘆したことは覚えている。ナターシャセブンのサウンド、永六輔のパーソナリティー。素晴らしかった。魅了されていた。でも、就職して、いつしか、遠ざかっていった。
 コンサートは1986年から8年間の中断を経て、1994年から再びおこなわれるようになっていたようである。しかし、僕はこのコンサートが行われていることさえ知らなかった。喜納昌吉、モノノケサミット、トワ・エ・モア、桑名正博、有森裕子、上条恒彦などが出演していることを。
 去年、コンサートがいまだ行われていることを知ったが、終わったあとだった。だから、今年は行きたいと思っていた。

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 かつては徹夜で円山音楽堂を取り囲んでいた若者が、いっしょに年をとって集まってきたという感じだろうか。僕も含めてみんな老いていた。「後期高齢者」永六輔さんは、道で転んで歯を折ったとのことで、言語がおぼつかない。でも、黒柳徹子との「再婚ネタ」など、さすがの話芸だったが。ナターシャーセブンは、数々の不幸により、高石友也しかいない。でも驚くほど元気だった。それにしても、バンジョーも、フラットマンドリンの音色もないのは寂しい。
 72歳坂本スミ子は、元気な大阪のおばはんで、なおかつ艶があってよかった。だるま食堂もなかなか面白かった。無骨な笠木透も、才人・趙博も、はじめてで、新鮮だった。高石友也は、なんか、歌と語り、ギターと身振りが一体化して、音楽の仙人のようだった。行ってよかったと思う。でも、30年前の記憶からか、どこかでそのうちもっとすごいスペシャルゲストが出て来るぞと期待していた。桂米朝を拝めたのは望外だったけど、それでも、まだ誰かが・・・と。でも、暑さに耐えがたい中年たちの集団は、アンコールも、そこそこに音楽堂を後にしていった。宵々山コンサートは、このまま枯れていくのだろうか。世代を継ぐことなく。
 来年も行くだろうか。行くかも知れない。行くような気がする。でも、もっとたくさんの楽器の音色も聞きたいな。坂庭省吾のフラットマンドリンが、音楽堂の緑の大木に響いていた、爽快感をもう一度。

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by mihira-ryosei | 2008-07-21 22:58 | 映画・音楽

レコードをCDに

 
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 TEACのテレオレコードプレーヤー/CDレコーダーで遊んだ。レコードをCDに録音してしまう機械である。3月に新聞広告を見て買ってしまいながら、録音するのははじめて。30年以上も前から集めていたレコードではあるが、別府から京都へ帰るときに、プレーヤーなど機器を処分していた。聞きたいレコードをどうしたものか、困っていたのだ。困っていたのに、買ってしまってからはそのままになっていた。
 ボブ・ディランのライブアルバムをCDに録音する必要が生じて、遂に使ってみた。これは楽しい。これからコツコツとなつかしのLPアルバムCD化しよう。
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by mihira-ryosei | 2007-06-03 23:37 | 映画・音楽

連休日韓映画三本立て

 5月の連休後半。例によって、テールスープをつくった。最近はむしろ主役を食いつつあるミノとハチノス入りである。阪神も弱いので、久しぶりにDVDを借りた。昨日の夜から朝方まで2本。今日の午後から1本。三本立て。O君の好きなジミー・スコットのアルバムを聞きながら書いている。 

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 『トンマッコルへようこそ』 原題は、『ウエルカム・トンマッコル』で、そのまんま。じゃあなぜわざわざ、邦題は「ようこそ」なのか。村にやってきたアメリカ人だけを意識したように思われるからかな。いやいや、じゃあ原題はなぜ?韓国語でいらっしゃいませという意味の「オソオシプシオ」でもいいと思うが。調べていなのでわかりません。どうでもいいね。韓国では1200万人を動員したという大ヒット映画なんだけど、とにかく題名が不思議だ。
 トンマッコルとは、子供のように純粋な人々の村という意味。朝鮮戦争も、仁川上陸作戦が終わっている頃というから、一気にプサン近くまで攻め込んだ北朝鮮軍を、今度は国連軍が反撃にでて、北側に追い返し、38度線越えてピョンヤンに迫ろうという時期に、開戦を知らないどころか、銃などの武器も知らない村びとが暮らすユートピアが舞台である。そこに迷い込んだ、北朝鮮軍人、韓国軍人、国連軍であるアメリカ人が、当然激しく葛藤し対立しながら、村人との交流の中で互いに心を通わせ、国連軍の爆撃から命を賭して村を守ろうとする物語。無さそうで、絶対無い話ではある。でも面白かった。トンマッコルの美しさ、人々のとんでもない純朴さが、見事に描かれている。そのことと、民族同士が殺しあう戦争の凄惨さが、のこのこ朝鮮半島にまでやってきた国連軍、実態はアメリカ軍のバカバカしさが、あまりにも極端に対置されている。こんなファンタジーでクソリアルな映画は韓国でしかないだろうな。映像が美しく、研ぎ澄まされている。俳優もよい。最後はちょっと泣いてしまった。でも南北力をあわせて、アメリカや日本と戦おうなんて考えないでくださいね。


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 『ユア マイ サンシャイン』 
 またタイトルの話になるが、原題は、『ノヌン ネ ウンミョン』(君は僕の運命)。この映画のエンディング・クレジットの間、有名なスタンダードナンバーの替え歌「ユア マイ サンシャイン」が流れて、じわっとくるので、この邦題は原題よりいいかもしれない。
 大好きな、大好きな女優、チョン・ドヨンの主演映画。1997年、ソウル・大学路(テハンノ)の映画館で、勉強したての韓国語のレベルだからもちろんほとんど理解できていなかったが、とにかく『接続』を見て、映画にも、チョンドヨンにも魅了された。その後、『我が心のオルガン』、『ハッピイエンド』、『人魚のいた島』、『スキャンダル』など見てきたけど、この『ユア マイ サンシャイン』は、間違いなくチョン・ドヨンの傑作だと思う。
 実話を題材にしているという。田舎町、昼間はタバン(茶房)につとめ、コーヒーの出前を名目にした体を売り、夜もクラブで酔客の相手をする女性が、牧場に勤めるダサい男に一目ぼれされ、恋に落ち、結婚する。しかし、彼女がエイズに感染していることがわかり・・・・という話。タバンを舞台にした映画では、『チケット』という哀しい物語が過去にあった。昔、タバンを単なる喫茶店だと思って(単なる喫茶店として利用している人は男女ともいる、これが韓国)、店に入って、なんか雰囲気がちがうな・・・ということはあった。とにかく、狂うほど人を一途に愛して愛して愛しぬくという映画なのだ。そこまで愛される女性として、チョン・ドヨンはふさわしいと思うよ。なんだそりゃ。そんで、本当に最近結婚してしまった。
 映画の後半、かなり泣いてしまった。情けない。


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『ゆれる』
 この映画を観て、西川美和という監督(この映画では脚本も)に興味を持った。『蛇いちご』も見てみよう。オダギリ・ジョーと香川照之という俳優が、痛く締めつけられるほど繊細で、はらわたを掻きだされるほど激しい、兄弟の確執と愛情を表現している。舞台も、渓谷の吊り橋というのが、哲学的思索的でいい。二人にはさまれて死んでしまう真木よう子、とてもいい表情をする女優だ。
 う~ん、あまり書くことがなくなった。けど、今年見た映画で一番かもしれない。
by mihira-ryosei | 2007-05-06 18:15 | 映画・音楽