オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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カテゴリ:旅行( 24 )

宇都宮で餃子をパクつき、日光東照宮の見学、そして夕食は水戸である。
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こうなりゃ、常陸牛というわけで、「巨匠」という鉄板焼き・ステーキの店を予約。牛を食らうという点においては、関東は関西にはかなわないのか、ブランド牛は東日本にはあまりないのではないか。松坂、近江、但馬、伊万里、宮崎・・・・・。

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店の方も、「前沢牛は有名ですけど常陸牛はねえ・・・、おしいしいんですけど・・・・」。
自信をもっていいと思う。ただ名前がブランドになるには難しい。いっそ日立にするか、イバ牛にするか・・・。


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翌日仕上げはラーメンである。水戸の有名店、「天天」。
大盛況であった。このような濃厚な魚系だしは、最近ぼちぼちでてきたとはいえ、なかなかここまで思い切った濃厚さにはお眼にかかれない。僕の体験でいえば、天満の「洛二神」、京都の「高倉二条」、あと高野のなんとか座(くら)だけど、及ばない。おすすめです。関東のラーメン食ってる感がありあり。
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で、東照宮についてはこの2枚。ひとつは壮麗な陽明門の解説だけど、なんか日本語が変だ。

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さらに眠り猫。よくわからないからと大きな札がで~んとあるのが、「ここで眠ってまっせ!!」とうるさくしていておかしかった。おちおち寝てられまへんな。お猫はんも。


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神になった家康および徳川家の功績。朝鮮に一兵の兵も送らなかったこと。朝鮮通信使との友好を育んだこと。とにかく幕末まで戦争せんかったこと。
竜馬がせっかく命かけてつくった明治政府の方がよっぽどあくどいかもな。
大阪人のくせに家康に優しいのは、「影武者徳川家康」(隆慶一郎)の影響かな。
この間のQ-Chewsのライブ、「夏の陣」ってタイトルつけたら、同級生から、「(夏の陣)は負け戦やんか」と物言いがついたんだから。大阪には豊臣家背負ってる奴がまだおる。
by mihira-ryosei | 2010-08-15 00:31 | 旅行
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二日目は少し遠出して、宇都宮で昼食してから、日光東照宮にいくことにしていた。

宇都宮が餃子日本一の消費量を誇っている町だということは知っている。最近、浜松に追いあげられているということも。

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手っ取り早く食べようということで、餃子店が集合している「来らっせ」に。入口の各都市別餃子消費量によると、過去に京都も上位3傑に入っていることが多いのに驚く。王将効果か、間違いないだろう。

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食べたい餃子の店にいって、注文し、お金を払う。ちっちゃなプレートをもらって食卓においておくというと、定員さんがとどけてくれるという仕組み。

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あっさり、ぷりぷりの「めんめん」の蒸し餃子が好評で、お替りされていた。
他は以下の通り。餃子は餃子なので、がんばってつくればうまいに決まっている。うまさにおいて特別の感慨もないが、餃子で生きていく決意をした町に来ているという実感は湧いた。確かに、豚骨ラーメンとか、明太子、八つ橋みたいに、それ自体がある程度の地域性を有しているわけではなく、どこにもある普遍的なもので、目立とうとしたわけで、これはかなり難しことではないかと思う。
だいたいどんな味かは想像がつくから、餃子をめざしてわざわざ行くのかという感じはする。でも、そう考えながら、すべての店に餃子を注文し、うまいうまいと食べている関西のおっさんもいるわけで・・・・。

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ラー油マヨネーズのご飯、餃子のサラダもあり。

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帰りに売店で、餃子ストラップを買った。色の濃さによって、水餃子、焼き餃子、揚げ餃子と表現しているようだ。

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by mihira-ryosei | 2010-08-13 10:41 | 旅行
 
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 娘を訪ねて、ヨメハンと茨城県水戸市へ。
 夕方、大洗海岸へ。東映映画のはじまり、はじまり~~~のあの荒々しい、いかにもヤクザ映画に似つかわしい海岸は、ここ大洗海岸だそうな。

 そんなことより、行った先は、海岸にほど近い、「土びん」というお店。娘は冬に来て、アンコウ鍋を賞味したそうな。出汁は水ではなく、すべてアンコウの水分でしあげた鍋とのこと。その話を何度も何度も繰り返すのには、閉口した。
 店は、地元のおっさんが、U字工事にドスを効かしたような声で、わいわい言いながら飲んでいた。きっと、うまいっぺ(?)と思わせてくれる雰囲気だ。

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 刺身は、カツオが素晴らしく美味だった。イワシ、ウニ、お化けのような岩カキも。
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 揚げ物は、目光、ヒラメ。これも◎。
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 焼き物は、ほうぼう。僕はこれが一番うまかったな。あっさりしていて、ほくほくしていて。

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 最後、海鮮丼とかできます?とメニューにはないものを注文してつくってもらった。
 アラ汁、シジミ汁と食べたのだが、このお椀が小型の洗面器みたいで、一同、満腹。

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 ヨメハンは、この夜から、娘の勤務先にかかわりなく茨城県への移住を夢見るようになったし、京都に帰ってきてからも、「注文の順番を間違えた、今度行ったらもっとうまく頼めるのに」とこれも、何度も何度もしつこく悔んでいる。

ビール、お酒少々飲んで、3人で12,000円でございました。ごちそうさまでした。

 今度行くときは、ペース配分、注文する量に十分配慮すること、できれば「アンコウ鍋」にありつくこと。

 結局、歴史にうるさい僕は、水戸滞在3日間、偕楽園にも、弘道館にも、近寄ることはなかった。





 
 
by mihira-ryosei | 2010-08-12 23:10 | 旅行
 
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 年間生産、すべて手作りで、ギター5000本。日本を代表するギターメーカー、K.YAIRIの本社がある岐阜県可児市にいってきた。

e0065380_2345662.jpg 僕のアコギは2本とも,K.YAIRI。1本はGW1100M、2005年製(写真左)。スタイルのきゃしゃなもので、MARTINだとOOO(トリプルオー)スタイルに近いもの。ライブで使っている。もう一本は最近ヤフオクで買ったもの。YW500P、なんと1977年製(写真右下)。5年のつきあいになるが、「永久保証」をうたうだけあって、修理やピックアップのとりつけの対応がとてもまごころを感じるもので、一度行ってみたいと思っていた。高速道路も1050円だし。

 K.YAIRIを使っているアーティストはたくさんいるけど、たとえば、桑田佳祐、龍馬・福山雅治、BIGIN、宇崎竜堂、GLAY、豊中九中の「後輩」矢井田瞳など数限りない。あのポーe0065380_2353892.jpgル・マッカートニーも。工場見学のとき、ギター職人の至宝・小池さんが制作していたのは、宇崎竜堂のだった。
 ちなみに、僕のGW1100を使っているのは、アグネス・チャン(?!)、尾崎亜美、いとうたかお、などだそうだ。

 で、今度、33歳のギターも、本当に深くてよく響く音がするので、スタジオで使おうと、ピックアップ(ギターの中にマイクをとりつけて、エレキギターのように弾けるようにする)をとりつけにいったのだ。

 
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予約しておいたので、工場も丁寧に案内してくれた。材質の違いから、木の乾燥のさせ方(3年から10年)、ギターができるまでの工程をじっくりと勉強させてもらった。それぞれの持ち場で職人さんが、ギターづくりに没頭していた。
 面白かったのは、あちこちの工程で、木に、ギターの部品に、ギターの卵に、音楽を聴かせていたことだった。響きをなじませるのだそうだ。ギターはとにかく弾いて、話しかけてほしいと。

 自分のギターも、大切にしようっと、しみじみ思った。                                                       
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 4月24日、25日の二日間、K.YAIRI 75th Anniv.Fes が、おこなわれるそうだ。無料ライブ、工場見学、アウトレット特価市。
http://yairi.co.jp/75-fes.html

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by mihira-ryosei | 2010-04-11 23:01 | 旅行
 アイルランドのことを書こうと思っているのだけれど、想いがあふれてなかなかなあ・・・。往復の飛行機で、司馬遼太郎の「愛蘭土紀行」Ⅰ、Ⅱを再読し、いろんなことが頭をかけめぐったのだけれど。
 いつから、どんなことを、どんなふうに、感じ、考え、想ってきたのか、うまくいえない。でも、不思議なことにアイルランド、アイリッシュという言葉には、愛着、憧憬といっていいものがある。

 想いより、とにかく見たものを。
 ロンドンやリバプールとダブリンと、パブや街角を比較すると、あきらかに違うのは、音楽の多さだ。いたるところで、誰かがなにかを奏でている。音楽が空気のように、風のように、光のように、会話のように、溜息のように、ささやきのように、叫びのように、棲む街、それがDublin。
今回は、写真をじっくりご覧ください。

 
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by mihira-ryosei | 2009-10-04 23:54 | 旅行
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Abbeyroadに行けただけでも、信じられないことなのに、Londonを離れてLiverpoolに来られたことは、さらに信じられないことだ。Liverpool、リバプール、りばぷーる、声にだしてみる、その響きだけでも、すでにもう音楽なのだ。だから、そこにいるということに実感がわかなかった。よく、Q-Chewsみんなで行けたらいいなと話していた。そう、Beatlesへの巡礼だな。
もともと研修・調査という目的でアメリカにいくはずが、二転三転して、イギリスに来ることになって・・・・。
 
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 ファンとか、マニアとか、いわれたくないもっと特別な、生き方につながるものが、僕にとってのBeatles。そして、社会も、哲学もわからない中学の頃から、特に、John・Lennonを崇拝していた。そんな彼らが生まれ、育ち、ミュージシャンとして旅立っていったLiverpool。
  イギリス北部の港町。日本でいえば、青森か、仙台みたいなところだろうか。訛りの強さも含めて。Londonと違って、ゆったりとして、人ごみも少ない、でも堂々とした港町は、今、BeatlesとLiverpool FCの町。とくにBeatlesを求めて、世界から人々が来ている。ビートルズの博物館、Pennylane、Strawberryfields,などBeatlesゆかりの後を訪ねるツアー、そして、Beatlesがライブ活動をしていたCavern Club周辺のMathew通り、さらに、驚いたのは、Harddays night hotel という高級ホテルまであった。

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  The Cavern Club。1957年、オープン。Beatlesが登場するのは1961年11月。ドイツのHamburgでの800時間のライブ武者修行を終えての凱旋だったのか。このクラブで、Beatlesは292回の公演をおこなっている。最後は、1963年8月だった。その後、このクラブには、Rolling Stones、Elton Johnなども公演を行っている。The Cavern Club は、1973年に店は無くなるが、後に当時の煉瓦などできる限り活用して再建された。1999年には、Paul・McCartneyが訪れている。

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 地下に降りていくと100名ほどが入ると満杯というホール。店の中央に小さなステージ、奥にカウンターはあってビールサーバーが並んでいる。当時そのままの煉瓦の壁、そこにBeatlesが当時使っていた楽器などが飾られている。Travisのギターも飾ってあった。Beatlesそのもののバンドライブを期待していたけど、アコースティック一本の弾き語りが中心のようだ。Beatlesナンバーを連発していく。みんな世界から集まってきているので、テンションも高く、そしてよく歌っている。僕も声張り上げて歌った。アジア代表だからね。
 店でTシャツを買った。背中に、Beatles、Rolling stones以下、ゆかりのバンド、アーティストの名前がずらっとプリントされている。このTシャツはこの店にしか売っていなかったと思う。お値打ち物だと思うけど。

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 Beatlesが演奏していた当時、The Cavern Clubでは、お酒を飲めなかったらしく、メンバーたちはそのすぐ近所のパブに飲みに来ていたとのこと。それが、The Grapes という店。店のフロアー開けぱなしでカラオケをやっていつつ、さらに別に大音響で音楽も流れ、騒々しいことこのうえない。店の奥に入ってくと、「この写真ここでとりました」という案内、写真があった。

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 これらの店がならんでいるのが、Mathew通りなのだ。この通りから、世界を魅了するUKサウンドが生まれていった。
 Johnが暗殺されたとき、地元のファン(というよりもっと濃密な関係なのだろうけど)たちが、この通りに集まって、その後、街に追悼の行進をおこなったと聞いた。
 
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by mihira-ryosei | 2009-09-27 01:11 | 旅行
 
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 いわずと知れた大英博物館。要するに、世界から略奪してきたものを、ホレホレと陳列しているところなんだろうと思うから、入場してもあまり熱が入らない。それで、ほら、やっぱり大きな石像や神殿を無残にも切り分けて、持ち帰ろうなどとなんという所業だろうか。イギリスが持ち出さなかったら、その後の内戦や宗教対立で破壊されていたかもしれないなどというのは、大きなお世話というもの。まあ、アフガニスタンのような状況もあるから、まったく間違いとは言えないけど。仮に、日本の文化財がバラバラにされたり、切り刻まれたりしたあと、くっつけられて、陳列されていたらやはりいい気はしないだろう。
 ミイラもね、外国でさらされるためになったわけじゃなし、お~かわいそうに・・・とやはりまじめに見れなかった。ミイラといえば、魚のミイラが、妙に面白かったので、写真に。解説なんぞ見ていないのでわからない。きっとミイラになった貴族が、かわいがっていた魚なんだろう。うちの息子でも、もしそうなったら飼っているアロワナをミイラにするだろうか、なあんて。

 ただロンドンにいてひとついえることは、イギリス人は物を大切にしてきたということ。むやみに古いもの、まだ使えるものを壊して、新しいものに作り替えようとしないこと。これは実に立派だ。そのために多少の不便があっても耐えている。次代に残すことがイギリス人共通の使命のように。狭くて暑い地下鉄にも、古臭いホテルにも。これは、京都が最も学ぶべき精神であった。

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 考えてみれば、日本はなんで丸い郵便ポストをなくしてしまったんだろう。国内、速達、国際など種分けしたかったから?それで、味のある親しみのある丸い郵便ポストを放逐してしまったのだろうか。イギリスでも、アイルランドでも、郵便ポストを見るたびに考えてしまった。日本に帰ったら、丸い郵便ポストの保存・普及の運動でもやろうかなんて。(もうあるかもしれないけど) 

写真下は、泡がぷクぷクでる車の前で楽しむ女性、その下は、頼みもしないのにカメラの前でダンスしてくれた駅員さん。なかなか愉快な国だ。

 
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by mihira-ryosei | 2009-09-22 01:14 | 旅行

UK IRELAND 2009 ① Abbey Road

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仕事と関連して、12日間にわたり、UK(ロンドン・リバプール)、アイルランド(ダブリン)を訪れる機会を得た。生まれて初めての、ヨーロッパである。
飛行機に乗るまでなんの予備知識ももたず、最初の訪問地ロンドンについた。印象はあれこれある。煉瓦建築の美しさと今なお保存し大事に使い続けていることについての驚き、地下鉄の暑さ、イギリス人のウイットに富むコミュニケーション力、パブとビール、さんざんけなされている料理のことなど数々あるけれども、まずはビートルズだろう。
空調のない暑い地下鉄に乗ってから、i-Podでアルバム「アビーロード」を聞きはじめた。ネクタイとスーツ姿のアジア系のおっさんが、アビーロードに向かっているとは、イギリス人たちは夢にも思うまい・・・とわけのわからない自意識を抱きながら、アビーロードをめざした。駅から地上に出てから徒歩4、5分、こらえきれずに、ユネバー ギブミヨ~マアネ~~~などと口ずさみながら、動悸を感じつつ、結局、なんとなく行きそうなひとたちについていったら、あっけなく、かわいらしいアビーロードの横断歩道があった。
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正直いって、僕はこのなんの変哲もない横断歩道に、感慨無量状態となってしまった。彼らが、アップルスタジオで録音し、この横断歩道を渡り、あまりにも有名なアルバム「アビーロード」のジャケットを撮影した、ということにとどまらず、自分を育ててくれたビートルズだもの、なんか「走馬灯くるくる回る」、「めくるめく」状態になってしまったのである。
実にさまざまな世代のたくさんの人たち、そしていろんな国の言葉が聞こえる。彼らが、次々と、横断歩道を渡っていく。信号もない、車の通行量も決して少なくない道路を。みんな笑っていて、楽しそうで、光景に見とれてしまう。
アップルスタジオの白い塀、柱には、無数の落書きがあるし、準備よろしくマジック持参の若者もいて、ジャンジャン書いている。この落書き、どっかでまとめて白くペンキを塗るそうだ。そうだろうね。

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駅に戻ると、ビートルズカフェなる売店があった。そこでも歌をくちずさみながら、あさましく買いものをするアジア系のおっさんの姿があった。

Because the sky is blue , it makes me クラ~~~~イ

ジョンが見あげた空はこんな空だったかな。
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by mihira-ryosei | 2009-09-21 13:33 | 旅行
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いつかブログにとりあげた大分県佐志生(さしう)の朝焼け。今回は寝過して、日の出の余韻残る海。
恒例となった臼杵でフグを食べるつどい。おいしすぎて、ふぐの写真をとるのを忘れてしまった。
そうすると、朝のおだやかな海はふぐの余韻ともいえる。

寝過したのは、うまいふぐ、懐かしい友との語らい、そして過度な飲酒のせい。

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 特に、今回はじめて飲んだ。この酒。古樽楽(こたらく)。入手しようと思えば、大分県佐伯市の小野富酒造に出向いてそれで獲得できるかどうか、というシロモノらしい。30年ブレンド熟成。できのよい古酒をブレンドして、熟成させ、さらに樫樽で5年熟成した麦焼酎。活きの良さ、シャープな切れ味とは対極にある上品な香り、練達のうまさ、まろやかさは、なかなかのもの。40度にもかかわらず、すいすい飲んでしまった。


※佐志生の朝焼けは、2006年3月の当ブログでした
by mihira-ryosei | 2009-03-22 00:52 | 旅行
 8月、数日間、仕事で台湾に行っていた。特にまとまったレポートができるわけでもないので、ブログには取り上げてないけど、まあ、小ネタということで。

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 オーストラリアの和牛?うんっ??
 まあ、よく考えれば、和牛をオーストラリアで育てればそうなるのだけれどね。でもなんかおかしい。

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 ついでに、寿司皮。これ、なあ~んだ?
 イナリです。なあるほど。

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 台北から台中まで、新幹線で行きました。のぞみです。

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 写真が下手で、おいしそうにみえないけど、おいしかった。紅麹チャーハンです。
by mihira-ryosei | 2007-12-30 21:23 | 旅行