オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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 一冊の本『韓国の「昭和」を歩く』(鄭銀淑・祥伝社新書)を手に取ったことから、夏の韓国全羅北道・群山、全羅南道・木浦を訪問し、その見聞を語ったことから年末の韓国旅行が実現した。今度は地理学の研究者含む8名のチームである。どういうわけか、中学時代の同級生O君(グラフィックデザイナー)、T君(コピーライター)も参加することになった。(写真 日本家屋)

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 12月28日、関西国際空港から出発したメンバーと仁川国際空港で合流した現地メンバーを加えて、マイクロバスで全羅北道をめざす。最初の訪問地は江景(カンギョン)。李氏朝鮮時代にはピョンヤン、テグと並ぶ三大市場だったが、20世紀に入って急速にさびれていった。今は海産物のチョカラッ(塩辛)の町として再生を図っているが、ここはかつての日本人居留地でもある。日本人がつくった水門、石に日本語が刻まれている。さらに日本人家屋の数々、かつての日本の神社があった小高い丘・玉女峯(オンニョボン)などを訊ねた。(写真 凍った川の向こうに水門)


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辛うじて姿をとどめるレンガ造りの朝鮮殖産銀行跡に入ると、塩辛の匂いが充満していた。よく見るとけばけばしい看板の塩辛屋も日本人家屋の痕跡をとどめている。塩辛をたんまり試食して、全州に向かった。(写真 朝鮮殖産銀行跡)





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 韓屋生活体験館に投宿。宿のある地域一帯、韓国の家屋(韓屋)保存地区である。全州は、かつて李氏朝鮮を築いた李成桂ゆかりの地であり、現在は全羅北道の道庁所在地にして、食の天国でもある。古都にふさわしい趣を備えている。
 (写真 日本家屋)
by mihira-ryosei | 2005-12-31 19:29 | 韓国なんでも
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 愛情のこもった頂き物である。アスティコという会社がつくったロシオという靴である。パンフレットによれば、下半身の筋力を強化し腰痛・膝痛への効果、背筋の伸びた美しい姿勢になる、体脂肪の燃焼などシェイプアップ効果、血行の促進、骨粗しょう症の予防などが「ロシオ効果」としてあげられている。写真にあるようにかかからとつまさきの間の靴底が山型になっている。かかとから着地し、体重を山型の部分で受け、つまさきで蹴るという歩行循環になるわけだ。初日は無理せず5分からなどと書いてあったが、なにを猪口才なとばかりに、冬休みの初日の昼下がり、雪のちらつくなか家を飛び出した。
 家から銀行まで歩く。5分ほどでふくらはぎ、ももの裏が張りはじめている。銀行をでてバスに乗る。普通に立っていても、かかとを伸ばしているような感じである。郵便局でスーツの代金を振込み、年賀状用の切手を買う。さらにバス。車中で「単一民族神話の起源」(小熊英二)読む。もう少しだ。
 四条京阪下車。いつの間にか顔見世興行も終わった南座を見ながら、花見小路へ。原了郭で、黒七味を買う。ほとんどは韓国に土産として持って行く。踵を返して、四条大橋をわたり、木屋町を上る。壱蔵で炙りチャーシューのしょう油ラーメンを食べる。悪くない。売りのチャーシューは申し分ない、麺も歯ごたえがある、スープもほとんど飲めた。食後の感じはややしつこさが残った。
 本屋へ。旧駸々堂、今の名前わからん。探していた本がない。あきらめて三条河原町の十字屋へ。この間ふとしたタイミングで、ショスタコーヴィチが無性に聞きたくなったのだ。交響曲10番(カラヤン、ベルリンフィル)、交響曲1番・5番(クルト・マズア、ロンドンフィル)、バイオリン協奏曲1番・プロコフィエフの協奏曲一番(ヴェンゲーロフ、ロンドンフィル)の三枚を買う。BOAは思いとどまる。昨日、テレビでBOAのメリクリを聞いて、彼女に恋に落ちてしまったのだ。
 バス停の前のふたば書房へ。好きな本屋さんである。欲しかった「マオ 誰も知らなかった毛沢東」上下(ユン・チアン)、母に誕生日プレゼントでもらった図書券で買う。バスに乗り込み、北大路で下車。明日の厳冬の韓国に備えて、ビブレでマフラーと手袋を探す。結局L.L.BEANで手袋だけ買う。バスにとび乗るも系統を間違えてしまい、不本意な停留所で下車。郵便局までかなり歩く。大分の知人に黒七味を送る。あとは家まで歩くのみである。かなり効く。苦痛というほどではないが、足全体が張る。確かに歩く姿勢はよくなった気がする。数ヶ月真面目にやれば、奇跡的効果を確認できるのではないか。そうなればまさに「おおそうだよ、だれにもあげないマホオオオのクウツウさ~」(チューリップ)。今日一日で通算、一時間半ほどは歩いただろう。無理は禁物である。
 明日はいよいよ韓国へ出発だ。
by mihira-ryosei | 2005-12-27 22:53 | よろずヨロカジ
 昨日は職場の忘年会。祇園の料理屋。2次会は同僚とバー「BIRDLAND」へ。アイラモルト、ARDBEG、LAGAVULINの原酒58度をストレートと加水で。3次会はひとりで、宮崎訛りと祇園言葉を不思議に融合させているCママの店に。黒霧島水割り。4次会はママに拉致されて、再び、「BIRDLAND」。馬鹿みたい。スプモーニを注文し、「守りの姿勢ですね」の声がかかる。午前二時半ごろ店をでる。驚愕の事態。タクシーがかき消すようにいなくなっている。酔っ払いが随所でぼう然としている。着物姿のCママと祇園から、川端通り、四条大橋、木屋町通り、三条へ。耳が痛い。頬が痺れる。若者もあちこちにたむろしている。「始発まで何しよ」という声が耳をよぎる。WENDYでコーヒー&トイレ休憩後、Cママの家めざして丸太町へ行進。北から降りてくるタクシーを拾うのだ。歩道が凍てついているので、車道を歩く。若い女性が車道にしゃがみ込んでいる。どうなることか。作戦成功、タクシー確保。Cママを家に送り、ようやく帰路につく。午前4時。

 昼前に目覚め、明日一時間のスピーチの準備。久しぶりにクラシックのCDひっぱりだして聞きながらの作業をしている。
 ○ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」マルタ・アルゲリッチ、ベルリン放送交響楽団
  指揮 リッカルド・シャイー
 ○ベートーベン「交響曲第9番 合唱付」シカゴ交響楽団 指揮 サー・ゲオルグ・ショルティ
  *第9は、やっぱりフルトベングラーのバイロイト版だなあ。ショルティーはベートーベン      「交響曲第5番 運命」はいいのがあるんだけど。 第4楽章はじっとしていられない。身体   は動くし、声もでる、でる。 
 ○シャブリエ「スペイン」、ラヴェル「ボレロ」コンセール・ラムルー管弦楽団 指揮 佐渡 裕
 ○カミーユ・サンサーンス 「交響曲第3番 オルガン付」 シカゴ交響楽団 指揮 ダニエル・  バレンボイム
  *ひさしぶりに聴くと、オルガンはとても新鮮だ。
by mihira-ryosei | 2005-12-23 15:39 | 映画・音楽
 司馬遼太郎の最後のメッセージといっていい言葉が、この本の対談にある。

 司馬 「夕日がきれい」といったこともいえず、「この川を見ていると、本当に心が澄んできます」というような川もない社会を作ってはいけないわけですね。基本的には、「土建的成長・・・・無制限な成長を押さえて、「人に自慢できるような景観の中にわれわれは住んでいる」というようにしていくのが、これからの大テーマですな。圧搾空気なき国としては。僕たちは、大きな金と、大きな技術を持った社会にいるが、豊かだという感じは持っていない。どこの辺鄙なドライブインにいってもエビフライといえばエビフライを持ってくる。ひょっとしたら越前ガニだって持ってくるかもしれない(笑い)。でも、そんなことは本当の豊かさではないんですね。これはやっぱり小景観から、大景観まで、美しい国をつくろうというところに、今度は方向を転じた方がいいですね。こんどの震災(神戸大震災)を教訓にして、「ああ、美しいな」という国をつくろうという方向。これが豊かさとか、幸福感とかいうものにつながるんじゃないかと思うのですけれどもね。

 今から10年前の95年、司馬遼太郎死の一年前の対談である。今、震災の教訓どころか、土建的成長自体も行き詰って震度5で倒壊する巨大な建物を次々と平気で建ててしまう日本になってしまったと知ったら、彼はどんな悲痛な表情をするだろうか。

 確かに司馬遼太郎の風景は美しいのだ。旅といわず、出張といわず、移動先を「街道をゆく」が取り扱っていれば、買い求め携行していく。出発前に読む。旅先で読む。帰ってから読む。繰り返し「街道をゆく」を読んだ。韓のくに、肥薩のみち、肥前の諸街道、北海道の諸道、島原・天草の諸道、南蛮のみち、耽羅紀行、中津・宇佐のみち、大徳寺散歩、台湾紀行、豊後・日田街道・・・。
 「街道をゆく」は僕の知の宝庫であり、「うんちく辞典」であった。どの本も dog ear だらけである。
 写真は、南伊予・西土佐の道でとりあげられていた日本最古の小学校、開明小学校。
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by mihira-ryosei | 2005-12-18 22:56 |
12月11日のブログに掲載した私家版2005年映画ベスト10。重要な作品を忘れていた。ヒトラー最後の12日間。これで、前回10位のインタープリッターが姿を消した。ニコール、ごめんね。でもドイツ映画が二本も入るなんて!
 ヒトラー・・・は、重厚な歴史大作。そして戦争の悲惨、独裁者の末路というテーマは実に現代的なもの。(9月4日のブログ)それにしてもブルーノ・ガンツの名演、忘れがたい。
 といって忘れてたが。
 
 第1位 パッチギ(日本)
 第2位 ALWAYS 三丁目の夕日(日本)
 第3位 モーターサイクルダイヤリーズ(イギリス・アメリカ合作)
 第4位 ヒトラー最後の12日間(ドイツ)
 第5位 グッドバイ レーニン(ドイツ)
 第6位 バタフライ エフェクト(アメリカ)
 第7位 大統領の理髪師(韓国)
 第8位 ニューオリンズトライアル(アメリカ)
 第9位 ストレイト ストーリー(アメリカ)
 第10位 レイ(アメリカ)
by mihira-ryosei | 2005-12-18 20:03 | 映画・音楽
 この一年間、松本清張が気になっている。昨年の秋、出張の帰りに小倉の松本清張記念館に立ち寄った。2回目である。ここに来ると、「知の巨人」の魂に触れる気がする。そして励まされる。その売店で買って帰った本が、『西海道談綺』である。全4巻そろわなかったので、Amazonで古本を注文した。年末、アフリカ・ケニアへの旅行の際、往復の機内で一気に読破してしまった。

 「金山や修験者にもまつわる歴史的にも興味深い話をふんだんに盛り込んだこの小説には、特別の愛情があります。が、そんな個人的な思い入れなくしても、この長編は波瀾万丈、雄大なスケールをもった珍しい伝奇小説です。そのへんは昔の『富士に立つ影』(白井喬二)や『「鳴門秘帖』(吉川英治)に比肩します。いや、それ以上か。昔の小説にはない清張さんの卓越した推理力と、確かな史眼があるから、面白さは滅法無類といえます。しかも愉快なのは、篇中で辞典や論文を引用して修験道についての説明を清張さんはしておりますが、それらは全部作り事というじゃありませんか。「エッ?大口真神大明神も犬神宗族も全部ウソッ!」「そうさね、作り事にはたっぷりと教養性をもたせなくては、いい作品とはいえない。作者としては一番力が入るところでね」と、ほんとうに嬉しそうに清張さんは笑います。だまされたと思って一度お読みください。」

 本当に大傑作であると思う。大分に住む知人から、大分を舞台にした凄い小説だと勧められたことがあったのだが、「失われたアーク」なんてぶっ飛ぶぐらい面白い活劇なのである。
 
 それから、今年は、古代の奈良飛鳥とペルシャを結ぶ『火の路』も面白く読んだ。ややうんちくを傾けすぎではあるが、ここにも嘘が巧みに入っているのだろうか。
 そして、「宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短編コレクション」。この本が宮部みゆきを見つめなおすきっかけにもなり、『蒲生邸事件』、『火車』」、『日暮し』と今年は立て続けに読んだ。
 松本清張という作家の存在がますます大きくなった今年であった。
by mihira-ryosei | 2005-12-13 23:55 |
 いつだったかかなり前に読んだ本で、たしか佐高信が書いたもので、司馬遼太郎は藤沢周平と比較されていた。そして今回は松本清張。どっちも司馬遼太郎は分が悪い。歴史を俯瞰していた、つまり見下ろしていた司馬遼太郎と、「偉い人」を下から仰ぎ見てた藤沢周平、松本清張という対比の仕方であった。司馬遼太郎自身は、決して偉そうな人ではないのだが、「偉そうな人」が司馬遼太郎を神様に祀り上げて彼の歴史観、文明観、日本人観のええとこどりをしているのだ。たとえばこの本で、『坂の上の雲』について書いたくだりがなどはそのことを見事に指摘している。

 「下手な読み方をすると、世界に冠たる日本帝国建設を誇らしげに書いたもの、ということになりかねない。そう読む人も世の中にはずいぶんいるようです。ナショナリズムをたいそうくすぐられて、日本はすべからくこのように勇壮で、闘志満々、先頭に立って世界をリードしていかなければならない、なんて大言壮語する人もでてくる。危険な要素がいっぽうに一杯ある。司馬さんとは無関係に、勝手気儘に、自己流に解釈して、滔々とやっている方と出会ったりすることがある。さぞや天国で司馬さんは苦虫を噛み潰していることだろうな、と深く同情するわけなんです。司馬さんがこの作品のテレビ化、映画化を何があろうとも許さない、と文字通り遺言としているのも、むべなるかな。軍艦マーチでドンドコドンドコと活劇仕立てにされる懸念は十二分にありますから」

 ただ以下の部分は、松本清張側から司馬遼太郎の決定的弱点をえぐることになっている。「ヘドがでるほどきらいだ」といって、決して昭和を書こうとはしなかった司馬遼太郎に対して、松本清張は、執拗な取材のうえに代表作『二・二十六事件』を書いている。
 
 「青年将校たちは、清張さんとは似ても似つかない価値観をもった連中である。しかし、清張さんは何年もこの連中と付き合ったんです。・・・読めばわかることですが、青年将校にこれっぽっちの愛情も抱いていません。親近感を感じない連中と何年も付き合う阿呆らしさと疲労感で死ぬ思いをしたに違いなのです。いやわたくしはすぐそばでそれを見ていましたから、清張さんが一生懸命冷静になって書きすすめておられたのが、実によくわかります。しかし、清張さんは山のような事件関係の資料を読みわけ、考えるのが楽しくて、自然と最後の一ページにまで到達したのではないでしょうか。地べたを這う、草の根をかき分けるとは、そのことを言うのだと思います。昭和史はそうする以外に書けないもののようです。司馬さんの小説は、つねに主人公のその最良のところを示し、かつそれを現代に蘇らせる、そこに成立していたようです。砂漠のなかの一個の砂粒のような人の心の美しさをあらわすことに、司馬さんは全力をつくすのです。ですから、司馬さんの小説はいつも明るい。その司馬さんには青史に恥ずべき、ヘドのでるような昭和の人物像はついに書けなかった。怨念や憤怒や嫌悪では昭和史は書けないものかもしれません。残念ながら司馬さんのノモンハンはついに読むことができなかったわけです」

 司馬遼太郎が昭和史を書いていたら、彼の「反自虐史観」グループにおける位置はずいぶんとちがったものになっていただろう。
(文春文庫)
by mihira-ryosei | 2005-12-13 00:54 |
 劇場、DVD、ビデオ問わず、今年見た映画は23本。その中から今年のベスト10を選んでみることにする。
 第1位 パッチギ(日本)
 第2位 ALWAYS 三丁目の夕日(日本)
 第3位 モーターサイクルダイヤリーズ(イギリス・アメリカ合作)
 第4位 グッドバイ レーニン(ドイツ)
 第5位 バタフライ エフェクト(アメリカ)
 第6位 大統領の理髪師(韓国)
 第7位 ニューオリンズトライアル(アメリカ)
 第8位 ストレイト ストーリー(アメリカ)
 第9位 レイ(アメリカ)
 第10位 インタープリッター(アメリカ)

 なんといっても上位2作の日本映画が今年最大の収穫である。60年代末、50年代末という近過去を活写し、時代と文化の匂いを十分発散したうえ、お話では心を揺さぶりに揺さぶってくれた。なお、「パッチギ」は、京都、東九条、在日という文脈でこれはもう僕の家族史にも連なってしまう映画であるが、甘い点を加える必要もなし。傑作である。恋人が病気で死んだり、死んだ嫁ハンが生き返ったりする安物の「泣ける」映画じゃない。心から泣けるいい映画なのだ。
 「モーターサイクルダイヤリーズ」は、チェ・ゲバラの青春時代を描いたロードムービーである。革命家チェを生んだ土壌、叙情的なエピソードと風景、50年代の中南米の現実が痛いほど鮮やかである。
 「グッドバイレーニン」は、社会主義と資本主義、劇的にずれてしまった時代の断層に落ち込んでしまった母親と彼女を気遣う息子を描いている。息子が母親のために大芝居を打つあたりは、ドイツの「吉本新喜劇」さながら。
 ハラハラドキドキの「バタフライエフェクト」、名優の緊張感あふれる共演の「ニューオリンズトライアル」、いかにもイイ話しの「ストレイトストーリー」、天才レイチャールズの生涯の生涯を描いた「レイ」、ニコール・キッドマンにずっと見とれていた「インタープリッター」、アメリカ映画は今年も楽しませてくれました。でも胸の奥の奥までぐっとくるものは無かった。
 韓国映画は韓流ブームのせいでつまらない恋愛モノが氾濫し、不作。「シルミド」は見る勇気がなかった。「オールドボーイ」は不愉快感しか残らなかった。「子猫をお願い」は迫力不足。その中で、「大統領の理髪師」は、朴独裁政権の発生から末路までを理髪師の家族史、つまり庶民の生活史から、韓国現代史を再現したものである。テーマからいってもう少し面白い映画になってもよかったテーマである。ソンガンホが好演。
by mihira-ryosei | 2005-12-11 17:34 | 映画・音楽
COME TOGETHER, I WANT YOU, BECAUSE, PLEASE MISTER POSTMAN, HAPPINESS IS A WARM GUN, MOTHER, IMAGINE, HAPPY XMAS, WOMAN, TICKET TO RIDE, HELP, YOU‘VE GOT YOUR LOVE AWAY,NO REPLY, MR MOONLIGHT, DON‘T LET ME DOWN , I AM
THE WALUS
 
by mihira-ryosei | 2005-12-09 00:23 | 映画・音楽
 「お取り寄せ」が流行っている。そして必ずといっていいほど、雑誌の特集などでは京都のモノが幅を利かせている。それにしても、京都の書店に、なぜたくさんの京都関連の本が並んでいるのか。京都の人が読んでいるのか、観光客が買っていくのか。おそらくその両方だろう。僕も『そうだ!京都を食べに行こう』麻生玲央・黒川三有(グラフ社)を買って、熱心に読んでいる。

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 ヒマな土曜日、軽薄にも京都のモノを求めて、時間を消費した。知恩院の向かい側の有料駐車場に車を止め、「一澤帆布(いちざわはんぷ)」に向かうが店の前の行列を見ていやになり、新橋から四条花見小路へ。「原了郭の黒七味」を買いに行く。近いうちに大分へ遊びに行こうと思っているのでその土産にどうかと考えたのだ。こちらも店内のレジは行列だった。あまり品物も見ず、丸竹筒入を5つ買う。ひとつ1,260円。高いか安いかもわからない。コシノジュンコがどこへ行くにも携帯し、海外でもビーフステーキにまでかけているという代物だ。再び、「一澤帆布」に戻るもやはり行列。観念して並ぶ。結局10分ほど待った。狭い店内に入るとお客でごった返している。子供の頃から、白い布に漢字のネームタグはよくよく知っているものだが、こんなに人気とは驚く。かばんのほうは自分用。今ビジネスバッグで使っている「マンダリナダック」に少し不満があったので、サライの最新号、鞄特集を買って「一澤帆布」に興味をもったというわけだ。永六輔の鞄はすべて「一澤帆布」のものらしい。通勤に使えそうなのがなかったので、店員さんに尋ねる。慌しい店内でこの店員さんは実に親切丁寧に対応してくれた。そして奥からとりだしてくれたのが写真の鞄である。サイズはポケットの配置は問題ないが、ショルダーベルトが無いのが残念だがまあいいかと買ってしまう。

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 家に帰って鞄を眺めていると、ビジネスには少しカジュアルっぽいかなという気もする。まあいいか使ってみよう。
 黒七味も夕食の水餃子にさっそく登場。七味をたっぷりゆっくり煎っているのだろう。香ばしい。それとマッタリ感がある。これなら肉にも負けないだろう。祇園のCちゃんが、「鶴の恩返し(?)みたいに、暗い締め切った部屋で、人には秘密で混ぜたり、煎ったりしてはんねんや」と語っていた黒七味である。
by mihira-ryosei | 2005-12-04 01:47 | 京都なんでも