オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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 京都文化博物館の山本薩夫監督特集、先週の土曜日、昨日と通った。
 まずは「にっぽん泥棒物語」(1965年)。この映画は、日本映画の中でというより、山本作品群の中でも目立たない存在になっているが、実に不当な評価だと思う。
 山本作品といえば、どうしても「白い巨塔」、「華麗なる一族」、「戦争と人間」、「忍びのもの」などモロ社会派作品が代表作になり、喜劇がしっかり位置づけられていないためだろう。しかもこの喜劇のモチーフが、戦後の謀略事件のひとつ松川事件(列車転覆事件)を扱っており、山本薩夫監督の反体制的主張が鮮明なので、「傾向映画」のレッテルを貼られてしまったということもあるのか。でも僕はあえて言いたい。この映画は日本映画の宝であると。昔々、自宅のテレビで偶然見て、なんて面白い映画があるんだろうと思っていた。今回は改めてじっくり観た。やっぱり傑作だった。満員の上映ホールが、笑いと涙と拍手に沸いた。いまどきの「泣ける」映画のような薄っぺらなものではない。心の奥底を揺さぶられる笑いであり、涙だった。
 
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 戦後の貧しい東北地方、貨幣価値よりモノの価値の方が高かった時代、クレバーな泥棒が土蔵破りを重ねる。その中で、列車転覆の謀略事件の現場に遭遇してしまう。やがて泥棒はお縄となり刑務所に。そこで無実の罪で投獄されている国鉄労働者に出会い、心の交流が生まれる。泥棒は足を洗い、もぐりの歯医者として村の名士にまで成り上がり、美しい妻との間に子供にまで恵まれる。一方事件の裁判は無実の被告に死刑を宣告し、元泥棒の証言が最後の鍵となる。ようやくつかんだ幸福を捨ててまで、無実の人びとを救うために自分の過去をさらけだすことができるか、苦悩した元泥棒は、遂に法廷に立つ。涙と爆笑の法廷シーン。
名優・三国連太郎の泥棒、怪優・伊藤雄之助の刑事、人物像の見事さと完璧な演技。美しい妻に、佐久間良子。正義派弁護士に、加藤嘉、千葉真一。泥棒仲間の花沢徳衛なんかは懐かしいな。
 何度でも観たい映画だ。本当にオススメ。ぜひレンタル屋さんでも探してみよう。

 「乳房を抱く娘たち」(1962年)は、題名だけを頼りに映画館に入れば、恐ろしく失望する映画だろう。実はこの映画、農協の映画で、酪農をテーマにしている、つまり正確には、「牛の乳房を絞る娘」と題名をつけるべき。アメリカからの牛乳輸入問題、大資本と化した乳製品会社との乳価交渉、酪農の共同化と農協、農村若年人口の都市流出などを題材に、日本の農村で葛藤する人びとを、若者たちを軸に描いている。でも当時の農村は、まだまだ「明るい農村」だったのではないか。今の農業の方がもっと悲惨なのではないかと思った。何故か、えなりかずきに似ていると思ってしまった山本圭のデビュー作品でもある。農協の組合長に宇野重吉、専務理事に大滝秀治、参事に伊藤雄之助、バスガイドにぴちぴちした市原悦子・・・おもしろいな。ラストシーンは60年安保時代を反映して、農民のデモなのだが、トラックの荷台から演説しているのは、なんと仲代達也。
by mihira-ryosei | 2006-02-26 13:12 | 映画・音楽
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 年始挨拶がわりにということで、大学時代の後輩、東京にいるジャーナリストからポンと送られてきた本である。
 西木正明という作家、知らないことはなかったのだが、完全にノーマークだった。とにかくこの小説には参った。傑作である。
 第一次世界大戦を経た帝国主義列国、台湾・朝鮮を手に入れ満州から中国全土に食指を伸ばし始めた日本、それに対しロシア革命の成功など独立と革命のうねりが世界に広がっていた1919年から21年までの三年間、日本からの独立をめざすテロリスト集団による裕仁皇太子の拉致暗殺計画の前史から挫折までをとりあげたものだ。この歴史の暗部に隠されていたおそるべき計画をめぐって、日本、朝鮮、中国からパリ、ロンドンまでの広い舞台で、各国の政治家から革命家まで実にたくさんの人物が、縦横に絡み合う。特に朝鮮と中国の反日運動、革命運動、日本政府の内部など、時代と人物が、よくぞと思うほど生き生きと描かれている。
 また、物語の軸になる二人の人物、特高警察・楠田と食堂の女将金淑秀の朝鮮・密陽での出会いがいい。僕はすっかり、気丈な金淑秀のファンになってしまった。彼女のつくるテンジャンチゲにも。
 

 お返しに僕は、黒川博行の『国境』を送った。
by mihira-ryosei | 2006-02-21 00:09 |
 大阪生まれとはいえ、大阪に住んでいたのは高校生までなので、食べたり飲んだりした経験は希薄であった。ところが最近、仕事やら、中学の同窓会を立ち上げることやら、なんやかやと大阪に行き、飲み食いすることが多くなった。そうすると今度は京都が物足りない。旨いものは高く、安いものは旨くない。店構え、インテリア、器、盛り付けなど見せ方はさすがだが、肝心の味はいまいち、値段は割高だと感じるようになった。
 特に天満近辺は衝撃だった。道頓堀などのように大阪を代表しているわけではなく、大阪人のためだけに存在している、つまりまったく自意識をかなぐり捨てた、「身内」のための食の楽園であった。中学時代の同級生、コピーライターのT君の天満案内は実に詳細なものだが、なにぶん体験したものは少ないので興味本位であまり紹介したくはない。天満では前回紹介したのは、魚系ラーメン「洛二神(らくにじん)」だが、あのあともう一度行った。やはり自己主張のあるラーメンであった。天満名物の寿司も楽しんだ。僕は「すし政」にいったが、「春駒」、「奴すし」などお寿司屋さんがしのぎを削っている。とくに有名店は天満界隈で何店舗も出しているのが不思議。その他、立ち呑み、お好み焼き、中華、焼肉、ホルモンなどまだまだ奥が深い。
 一度、「HPまるごと天満」をご覧あれ。
http://yousworld.com/tenma/
 
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JR天満から徒歩圏内の扇町にある「オイスターバー カミーノ・アンジェロ」に行った。国内は北海道から九州、国外はアメリカ、オーストラリアから牡蠣を集めることで、一年中、生を楽しめる。ディナーの4000円コースに牡蠣が入ってなかったので、牡蠣を入れてそれぐらいでと頼むと、前菜、生牡蠣のプレート、焼牡蠣、イカ墨のパスタ、ワインを組み合わせてくれた。生牡蠣は、北海道、宮城、広島のもの。店員さんの対応も、愛嬌もあり、如才なく見事だ。
http://www.angelo.gr.jp

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十三も十分面白くこれからもっと歩いてみたいところである。結局前回紹介した「太陽家」にも、もう一度行った。やはり味、値段、雰囲気、サービスとも納得のいくものであった。






 http://k3.dion.ne.jp/~taiyoya/
さらに、大阪では2店しかないバーの老舗「十三トリス」ものぞいて見た。金曜の深夜ということもあり店は超満員、なんとなく「昭和の大阪の活気」を感じた。ハイボールを注文すると、「はい、Tハイ一丁!」と声をかける。トリスのハイボールだからTハイなのだ。名物マスターはやや奥にいたのでお目通りかなわず、前にいたのは女性の店員さん。元気な大阪のネエチャンに好感を覚えた。
 十三も探検しがいがあるぞ。
http://allabout.co.jp/gourmet/whisky/closeup/CU20030717E/
by mihira-ryosei | 2006-02-19 00:18 | うまいもの 韓国京都以外
 
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 妻が仕事にでかけた土曜日は、父親の僕が夜中まで起きていたニートの息子をおこし、昼飯をつくってやることになっている。いつもチャーハンが多い。
 それで今日はチキンライスにしようと思った。昨日の残りだろう、手羽先を焼いたのが2本あったので、それをほぐして使おうと思ったのだ。ところが玉ねぎがない。そこで、方針転換。太ネギの白い部分を細かく切り、青梗菜を繊維に直角に細く切る。手羽先も骨から皮と身をむしり取りザクザク切った。フライパンをあたため、オイルをいきわたらせ、ネギと手羽先を炒める。シーチキンと青梗菜を加え、胡椒、粉末チキン・ポークブイヨンをかける。塩はシーチキンの塩分を意識してほんの心もち程度にする。手早く炒めながら、フライパンに空きスペースをつくり、溶き卵を入れ、少し火を通してから、全体にからめる。バター、お酒を加えて、ご飯を入れる、軽く炒める。切ってあった太ネギの青い部分のみじん切りをぱらぱらとふりかけてできあがり。刻みクレソンがあればベストだと思うが、なにせいきあたりばったりのチャーハンだから仕方ない。結果としては最近では出色の出来である。「うまい!」とお褒めの言葉がでた。
 それはそうとして・・・、それはそうとして、息子よ。
by mihira-ryosei | 2006-02-18 22:05 | キッチン
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 一昨日の日曜日、京都文化博物館で、社会派映画監督山本薩夫特集を観た。『人間の壁』、石川達三の新聞連載小説を映画化したものである。
 今の日本映画に「社会派」というカテゴリーがあるのかどうかわからない。とにかくこの映画、1959年のもので、教職員組合運動と小学校教育がテーマである。このような映画が、普通の映画館でロードショーされ、たくさんの観客を集めていた時代をリアルに想像することは難しい。政治的であることがあたりまえの時代だったのだ。政治的ではあるが、美しさも、たくましさも、貧しさも、絶望もその時代に撮った本物の映像なのだ。こうしてみると、昨年僕が絶賛した「ALWAYS 三丁目の夕日」は、歴史博物館にある単なる美しいだけの昭和にすぎないのかとさえ思えてしまう。
 1959年の香川京子、宇野重吉、宇津井健、沢村貞子、三ツ矢歌子、高橋昌也、殿山泰司、菅井きん、小沢栄太郎、東野英治郎、伊藤雄之助・・・、彼らは当時何を思い、どう演じようとしていたのか。 
 これから、『乳房を抱く娘たち』、『傷だらけの山河』、『にっぽん泥棒物語』(超オススメ!)、『証人の椅子』が続々上映される。なんと常設展チケット500円で
<写真左から 宇野重吉、香川京子>
by mihira-ryosei | 2006-02-14 01:17 | 映画・音楽
 今日から五日間、大阪で仕事。そこで昼飯。JR天満駅徒歩5分。天神橋五の交差点、商店街の中に「魚系ラーメン」という看板を掲げている「洛二神」(らくにじん)。スープを口に運ぶと、おおっと思うほど魚系である。ここまでやって大丈夫かなという気持ちがよぎるが食べ進むと、これが旨い。濃厚な魚系の楽しさである。飽きがこない。麺のコシがよろしい。ツルツルという歯ざわりではなく、やや粉っぽくてバフバフと口に運ぶ感じ(わかりにくい、すいません)。僕はこういう麺が好き。脱帽! がんばってや、大阪ラーメン。
 夜は、友人のT君の紹介で、十三の「太陽家」。駅前のガード下というのでやや不安を覚えたが、いってみて安心。いいぞ!刺身盛に、鯨、ハタハタなども顔をだしている。料理は創作料理系なのだが、味付けは抑制されたもので、あくまで上品である。シメには韓国の「ゴマの葉のおにぎり」、僕と気が合う。やるなあ、大阪の居酒屋。布袋さん(えべっさんの間違いでした)のような帽子をかぶったマスター(T君の元同僚)、美しい奥さん、ありがとう。
by mihira-ryosei | 2006-02-08 00:01 | うまいもの 韓国京都以外

耳塚と秀吉

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 京都東山、国立博物館近くにある「耳塚(鼻塚)」に立ち寄ってみた。韓国人旅行者たちが、花を捧げ塔の前で手を合わせていた。普段は柵に鍵がかかっていて塔の前まで行くことはできない。僕も機会を利用して中に入ることができた。あらかじめ予約しておくと、管理しているおじさんが開けに来てくれるようだ。代表者らしき人が、ハングルで名簿に名前を書き込むと、それぞれが日本語で「アリガトウゴザイマシター」とお礼を述べながら、慌しく観光バスに乗り込んで出発した。
 京都市が設置している表示板には、「この塚は、16世紀末、天下を統一した豊臣秀吉がさらに大陸にも手を伸ばそうとして、朝鮮半島に侵攻したいわゆる文禄・慶長の役(1592~1598年)にかかる遺跡である。秀吉輩下の武将は、古来一般の戦功のしるしである首級のかわりに、朝鮮軍民男女の鼻や耳をそぎ、塩漬にして日本に持ち帰った。それらは秀吉の命によりこの地に埋められ、供養の儀がもたれたという。これが伝えられる「耳塚(鼻塚)」のはじまりである」とある。
 1992年、京都のタウン誌に、耳塚について寄稿したことがあり、それ以来、ときおり耳塚にご機嫌伺いに来ている。韓国人観光客に会ったのははじめてのことである。これも「負の遺産の価値転換」で、現代的な意味において観光地としての可能性をもっと探ってもいいかなと思った。
 僕があきらかにしたかったこと。秀吉が朝鮮侵略において何をしたのか。そして、朝鮮侵略の産物である耳塚が観光地として脚光を浴びるのは明治中期以降であり、昭和の時代には観光バスが押しかけるほどにまでなったこと。それは、徳川時代には当然一顧だにされていなかった秀吉が明治以降、「豊公没後300年祭」を契機として英雄になっていく過程と符合していること。つまりは、作られた英雄・秀吉と耳塚、両者の延長線上に、日韓併合があるということであった。
 「近代日本の朝鮮侵略への号砲は1875年(明治8年)江華島事件である。以後、日本と朝鮮をめぐる関係は民衆にとって不幸と悲劇の連続であった。「朝鮮の権益」をめぐって争いが繰り返され、日清・日露戦争から日韓併合、そして36年の朝鮮植民地支配へと、歴史は回転する。秀吉は最も利用価値のある人物として、権力者によって持ち上げられ一躍人気者となった。そして、耳塚は秀吉のひきたて役として脚光を浴びることになる。秀吉に、嗅ぐことも聴くこともやめさせられた肉片を抱いた耳塚の哀しい時代であった」(14年前寄稿した文書から)
 
by mihira-ryosei | 2006-02-05 22:06 | 京都なんでも
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 最近気になっていた看板が写真の「プラムクリーク」。かつて御室・仁和寺あたりにあったおいしい洋食屋さん。よく通ったが、いつの間にか店を閉めていたのだ。
 先週日曜日、「THE 有頂天ホテル」を二条東宝に見に行く前に行ってみた。映画のことはまた後程として、やっぱりあのプラムクリークだった。14、5年ほど前に、京都の店をたたみ、信州でペンションをやっていたが、昨年にまた京都に店を開いたとのこと。ずっと同じ看板をかけてきたのだそうだ。
 ハンバーグ定食。1000円。箸で食べるのにちょうどよい硬さ。フライパンで焼いた後、小さい鍋で長い時間「揚げて」いたように思うのだが。鍋からとりだすと、卵がきっちりくっついていた。なんでかな。とにかくおいしい。ソースでわかるのだが、とにかく、飾らない素直な洋食なのだ。

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 <京都・千本丸太町下がる 出世稲荷前 定休水曜 075-822-0788>
by mihira-ryosei | 2006-02-01 22:59 | 京都なんでも