オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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dog ear 12 きもちのいい家

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六年半の単身赴任生活を終えて、京都に帰ってきてからぼんやりと考えていたこと。引越しである。今のマンションに住んでもう19年になる。ベランダの向こうに森が続き、玄関からは賀茂川が見渡せる。得がたい環境である。たったひとつの不満はやや狭いということだ。両親やゲストに泊まってもらったり、親戚や友人と食事をしたりする十分なスペースがない。僕個人の贅沢な事情を言えば、単身赴任先で使っていたお気に入りのベッドは他に預けたまま。なんとしても取り返したい。昨年買ったK-ヤイリのアコースティックギターは、スタンドに立てかけておく場所がなくケースに収納している。ギターが息苦しいのではないか。あるいは小さくても木を植えたい・・・などなど。考えてみれば家族それぞれも事情があるに違いなく、そんなことで新しい家に興味を持った。

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 この本はそんな心境のとき、偶然手にとったものである。
 常に青シャツを着ている夫・手塚貴晴と赤シャツしか着ない妻・手塚由比、この二人の建築家が創りだす「きもちのいい家」が面白い。広い屋根の上で家族がのんびり過ごす「屋根の家」(写真上)、海に巨大な窓を開いた「腰越のメガホンハウス」、軒とデッキが4mつきだしていて雨でも開放的な「軒の家」(写真下)、家に寝ながらいつでも空を見ることのできる「空を捕まえる家Ⅲ」、長さ16m、幅4.2mの細長い1ルームの引き戸を開け放つと巨大な縁側が出現する「縁側の家」など独創的な家、「ありそうでなかった当たり前の家」が次々と登場して、実に楽しい。だいたいどの家も50坪前後の敷地で、小さい家ではないが、豪邸でもない。
 「もし知らないジャンルの音楽を聞く施主であったなら、そのCDを買って聞いたりします。住宅は少なくとも30年、場合によっては百年を超えて使われることもあり、ハンドバックや靴のように気に入らないからといって、簡単に取り替えることはできません。だからこそ建築家は住み手の心理を洞察し、そのうえで施主の予想を凌駕した回答を用意しなければならないと思うので、自らCDを買って聞くわけです。・・・プゼンテーションするために1ヶ月ください。・・・その1ヶ月間、僕たちはひたすら模型をつくります。考えられることをすべて形にしてみようと、一軒の住宅でつくる模型は百個あまり。できた模型を前にして、ああでもないこうでもないと話し合いながら作っては壊し、作っては壊しを繰り返して、少しずつ絞り込み、最終的に一つの模型に集約するのです。実際に施主にお見せするは、この最終案にたどりついた、たった一つの模型のみ。」
 こんな建築家と家を建てることができたらどんなにいいだろう。きっと家を建てるという物理的な枠組みを超える、もの凄い世界を見せてくれるだろうな。
 さあて、どうしようか。

『きもちのいい家』 手塚貴晴+手塚由比 清流出版 2005年12月

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by mihira-ryosei | 2006-05-28 23:03 |

モノ自慢 蛙の急須

 
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 毎日とはいかないが可能な限り、夜は高山ウーロン茶を飲んでいる。ウーロン茶はペットボトルに入った褐色のものだけだと思っていた。台湾に行くまでは。
 緑、黄色、橙と多彩な色、そして様々な香りと味に魅了された。脂を落としの効果もあるとのことなので、日本に帰ってから飲み始めた。
 それで、蛙の急須なのだ。これは、台湾郊外の淡江というところの骨董品屋で見つけたもの。三万円の値段を粘って半額にしてもらった。家に帰って洗うと、ハートの印が見えてきたりして、はたして骨董品かどうかも疑わしくなってきたが、それでもいいのだ。なんといっても蛙が愛らしい。僕のお気に入りの一品である。
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by mihira-ryosei | 2006-05-21 21:51 | よろずヨロカジ

虎と鷹と箱フグと

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 昨年に続きセパ交流戦・ホークスとタイガースを観に博多に行ってきた。今シーズン最初、念願の野球観戦である。
 5月13日、第2戦。前夜はエース井川が惨めなKOで完敗。どうしても負けられない試合だったが、矢野が満塁で長打を放ちリードを拡げ、先発安藤がよく投げ、藤川、久保田とつないで、逃げ切った。藤川は完全に復調といってよい快投であった。他方、久保田の方は大村に2点本塁打を献上するなどわざわざ試合を盛り上げる不安定さが気になった。

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 大名にあるホテル周辺で晩飯。偶然入った店が寺田屋。焼酎・坊津の瓶とメニューを見てピンときた。かつてよく通った店、竜の字に似ている。昨年店を訪ねたら無かったので、もう閉めたのかと思っていた。マスターに聞いてみると大正解、竜の字の大将は、なんと自分の親方とのことだった。東郷平八郎のような精悍な大将は元気で、竜の字本店を移転させたうえ、今泉にもう一店舗を開店したそうである。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の熱狂的なファンである大将ゆえ、「竜の字」。それにもうやめたそうだが、バーが「司馬」、イタリアンレストランが「藤兵衛」(とうべい)、そして「寺田屋」である。特に「藤兵衛」は、竜馬に心酔する「寝待の藤兵衛」から取っており、作中の人物であって歴史上の人物ではない。この寺田屋の名物メニューが「箱フグの味噌風味」である。このメニューはマスターの発明で、日本ではおそらく寺田屋にしかない。
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 元来、箱フグは食欲をそそるものではない。それどころか漁師からは邪魔者扱いされていた魚である。箱フグの身をほぐして、シイタケ、たまねぎに味噌で味付けしている。味噌の香ばしさ、シイタケの香りと淡白なフグの味がよく合う。その他、竜の字譲りのメニューを次々と堪能し、坊津とともにタイガースの勝利を味わった。
 5月14日も張り切って福岡ヤフードームに出かけるも、江草が乱調で試合をぶち壊してしまう。3連戦タイガースの1勝2敗、僕的には1勝1敗。昨年から続いていた僕のタイガース観戦連勝記録は4でストップ。
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by mihira-ryosei | 2006-05-17 01:13 | 旅行
 
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 386世代の呟きドキュメンタリー映画

 5月5日、あまりにさわやかな晴天に気恥ずかしそうな十三の街で、深刻な政治的映画を第7芸術劇場(ななげい)で観た。韓国のドキュメンタリー映画「送還日記」である。韓国最大部数を誇る映画誌「シネ21」(最左翼のハンギョレ新聞系)で、過去10年間のベスト1に輝いた作品である。この映画は、50年代から70年代初頭にかけて北朝鮮の工作員(スパイ)として逮捕され、数十年もの長期にわたって過酷な獄中生活を送り、出所してから韓国の社会に生活するようになった「ハラボジ(老人)たち」が、「南北雪融け」の中で北朝鮮に送還されていく、その十数年の過程を克明に記録したものである。キム・ドンウォン監督自身がハラボジたちと密接にかかわりながら、そのときに感じた心境を独白として映像に重ねている。彼は南北冷戦・独裁政権下の韓国に生まれ空気のように反共教育を受けて育ち、青春期には政府の反共主義の欺瞞性に目覚め、目覚めすぎ、北朝鮮に強いシンパシーを抱き、そして今日、北朝鮮への幻想が壊れていく中で価値観が揺れ動く「386世代」である。もともとスパイは南の捏造と信じていた監督が、れっきとした工作員に向き合いながら漏れる呟きにも似た本音は実に味がある。
 *386世代 30代で活躍し、80年代に学生運動に参加し、60年に生まれた世代

非転向、転向、長期囚
 
 この映画の主人公は、なんの説明もなければごく普通の韓国ハラボジに見える元長期囚たちである。それにしても死を与えることになんの躊躇もない精神と肉体をいたぶる拷問の凄まじさ、過酷な獄中生活についての生々しい証言は胸を刺す。工作員たちは獄中にあってなぜ人間の所業とも思えぬ扱いを受けたのか。その目的は、共産主義者たちを転向をさせることにあった。思想を放棄させること、命をかけて信じていたものを打ち砕くことであった。転向か死かを迫られ、転向していったハラボジも登場していた。彼らが非転向者と並ぶと哀しいほど憐れに見えるのはなぜだろう。暴力によって強制された転向は有効でないことから、いっそ転向すればいいのだと、かつて韓国民主化闘争ではいわれたこともあった。それでも転向は人間の根っこを引き抜いてしまうのか。転向者の言葉、「全世界の母親はナイチンゲールのような子供を産め、それから(自分の足をぼろぼろにした)尖った靴をつくる靴屋になる子は産むな」と・・・、悲痛なジョークだが笑ってしまった。
 他方、拷問が非人道的で非合理だからこそ、かえって負けられないと決意し耐え続けたという非転向者の言葉は人間の強靭さを表現していて確かに美しいが、「不屈の英雄」を生み出すより、そもそも拷問を無くさねば。
 ところで、気になっていることがある。転向という言葉は国際的にあるのだろうか。もしかして、拷問と一体になった転向強制という行為は、戦前の日本の特高警察のお家芸で、それを韓国の治安警察が継承してきたのではないだろうか。

 彼らをとりまく人々

 
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 「純粋な思想」、「統一への確信」、「不屈の精神」・・・そんな称え様だろうか、386世代のみならず新世代までも、ハラボジたちを尊敬する人びとの多さに驚かされる。住民運動の拠点とはいえ、生活する町の人びとの暖かさにも目をみはる。逆に、南出身の長期囚と家族、親戚との出会いは見るに耐えない。母親の墓の場所さえ教えない兄弟姉妹はどれほど長い時間が獄中で流れても、二度と埋めることのできない深い溝ができてしまっている。またそんな状況おかまいなしに親戚を前に演説するハラボジもいたりして・・・。
 
 韓国人の北への「深情け」

 韓国人の社会運動系の人たちの北への想いは、もはやイデオロギーを超越して、「深情け」といってもいい。騙されても裏切られても、ときには危険なことをしでかしても、後々大変な前科があると判っても、一瞬の微笑み、一夜の思い出を振り切れず、オンナを見捨てることができないオトコのようだ。たとえ自分が同意見でも日本人にオンナを非難されると、「おまえに彼女のなにが判るのか」と弁護したくなる。そんなところだろうか。この映画ではそんな韓国人の心理が自覚的か無自覚的かは別として、よく現れている。
 経済的には韓国より遥かに貧しい北が、国際的に孤立しながもアメリカと闘い続け、独立を維持している、そのことと未だにアメリカの基地を置いている韓国の状況とを比較すると、北朝鮮への想いはやはり断ち切ることができないのだろう。映画でもとりあげていたが、北に拉致あるいは捕虜にされている韓国人の家族の立場から、北朝鮮を厳しく告発している人びとがいることを十分認めてもだ。日本人の嫌韓、親韓問わず、理解の難しいところである。
 
 辛光洙(シングァンス)容疑者

 横田めぐみさんはじめ日本人拉致の中心的な実行犯として国際指名手配されている辛光洙(シングァンス)も、送還された非転向元長期囚としてチラリチラリと画面に登場していた。彼の姿を認めてしまうとやはりシラケテしまう。工作員が仮に冷戦の不可避的産物であったとしても、無差別テロと拉致はどうしても許せない。このことについてしっかり描かれていなかったのはやはり残念である。この映画では、チョン(だったか?)先生と呼ばれていた非転向の長期囚が魅力的な人物として描かれており、工作員も人間味のある優しいハラボジなのだという気にさせるが、もし、これが辛光洙(シングァンス)と入れ替わったらどうだろうか。それは意地悪な疑問なのだろうか。深情けの人たちには。

 それでも送還されて北朝鮮で予想通り「英雄」に祭り上げられてしまったハラボジたち、彼らを報道するニュース、ハラボジたちが太陽を背景にGメンみたいに歩いてくるシーンでは、声をあげて笑ってしまった。他にも結構笑えるところもあった。これは監督のセンスだろう。
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 見終って複雑。でもいろんなことを考えさせてくれる映画。いいものなのだろう。もう一度見てもよい。でも、以下のような感想はもてないと思う。この映画を賛美する連中とソウルの屋台でチャミスルでも飲みながら、彼らにからんでみたいな。
 「こんなに泣きながら見た映画ははじめてです。同じ祖国統一願いを込めて作った『JSA』を考えたら恥ずかしく思います」パク チャヌク監督(『オールドボーイ』『JSA』)、「キム ドンウォン監督を誇らしく感じます」カン ジェギュ監督(『シュリ』『ブラザーフッド』、「本当におもしろくて憎たらしくも悲しく思う。」アン ソンギ俳優(『シルミド』、『眠る男』)
by mihira-ryosei | 2006-05-06 23:46 | 映画・音楽

かもめ食堂

 
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 5月4日、満員立ち見の京都シネマで観た。
 この映画は、フィンランド・ヘルシンキで食堂を開業した主人公の日本人女性(小林聡美)の繁盛記ではない。また、彼女が次々とつくりだすおにぎりをはじめとする日本料理、さらに最も注文の多かったコーヒーとシナモンロールは食欲をおおいにそそるものの、料理そのものを極めた「タンポポ」のようなグルメ物語でもない。
 目をつぶって地図を指さしたヘルシンキに何かを求めてやってきた奇態な日本人女性(
片桐はいり)、20年看病をしていた両親が逝ってフィンランドにやってきた中年女性(もたいまさこ)、そして主人公も含めて、三人の日本人女性がどういう過去を持っていたのかは結局中途半端にしか明らかにならない。この三人、互いの過去や現在の思考に対しては非常に慎重な態度をとる。だから三人の葛藤を通じた友情物語でもない。
かといって、フィンランドの文化・自然、フィンランド人気質にとことん迫るという意気込みもみられない。これも中途半端なのだ。
 このようないまいちの突っ込みの足りない素材をたくさん集めて、三人の個性的な女優できりっとしめたら、具合のいい癒しと優しさ、ちょっとおかしい、ほのかに哀しい映画ができた。
 でも「寝ずの番」の方がよかったかな。
by mihira-ryosei | 2006-05-06 10:14 | 映画・音楽

塩ホルモンのアジェ

 
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 ヒステリックなナショナリズムが第9条をムシャムシャ食べてしまいそうな状況で迎えた5月3日の憲法記念日なのだが・・・。午後、僕は九中74同窓会の打ち合わせにでかけた。今年に入って準備をはじめた同窓会だが、案内状を作成し、発送しなければならない時期にきた。大阪から友人もやってきて、グラフィックデザイナーO君の事務所で打ち合わせをおこなった。74年3月卒業生188名。仲間の努力で140名ほどの所在を把握する見通しがたった。同窓会は7月29日である。
 打ち合わせが終わったら、みんなで「焼肉アジェ」に行こう、そう決めていた。この店には2回目になるが、評判どおり本当においしい店である。アジェという名前はおそらく韓国慶尚道(キョンサンド)独特の方言で、「おじさん」という意味だと思う。僕の耳にも懐かしい響きである。この店の特徴は、ホルモンを中心とする品数の多さ、そしてホルモンを塩でも食わせるということからもわかるように素材の新鮮さにある。この間、七時半頃に行ったときは、一時間以上も待たされた。それで開店時間5時の40分ほど前に店に行き予約した。晴天の鴨川の橋の上でしばし雑談して5時を待つ。
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 塩ホルモンという白い縦長の提灯が点灯し、「たまらんアジェ」というのれんが掲げられて開店である。なかなかいけるキムチとナムルで一杯やりながら、肉を待ち受ける。上ミノ、赤センマイ、テッチャン、タン、上ハラミ、上サガリ、そして他店では見かけないホソ(小腸)、赤ヒモ(ネクタイともいう。牛の首肉)は塩で食べる。鳥のセギモはタレで。レバーとハツの刺身も注文したが、ピカピカキトッとしていてうまい。ホソは焦げた脂が口の中でシュワット溶けるようでいい。ネクタイは歯ごたえよくあっさりしている。
 中学時代バッテリーを組んでいたピッチャーのS君が、僕に「思い出し抗議」。
 「おまえ、光化学スモッグ注意報が出ているのに運動場10周走って来い!ゆうて僕を走らせたやろ。そやのにお前も他の部員も体育館で女子バスケット部とバスケットしとったやんか。それで、もうやめたれと帰ってきたら、お前が何周走った?と聞くから9周やゆうたらまた走ってこい!やて」
 「10周走ったってゆうたらよかったやんか」
 「何周走ったかなんて聞かれると思わんかったんや。思わず9周ゆうてしもた」
 「真面目やな。九中やから九周、ぐらいゆうたらよかったのに」
 32年間という時間が火と煙の中で踊り、ビールはいつのまにか、韓国焼酎チャミスルに変わり何本飲んだかわからなくなったところで、ホルモンの宴はお開き。
 二次会はカラオケ、ビートルズ、フォークソング、70年代歌謡を歌いまくる。外からこういう集団をみれば、ホンマにおっさん、おばはんやな~と思っていたんだ、少し前まで。
by mihira-ryosei | 2006-05-04 20:40 | 京都なんでも