オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2006年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

「同窓会」 is over .


e0065380_22261261.jpg

12時間のビッグイベント

 構想1年前、準備開始8ヶ月前、豊中第九中学1974年卒業生同窓会が、遂に昨日開催された。全卒業生の半数を超える90名以上が出席した。一次会、梅田グランドビル・白楽天に90名、二次会、DD・HOUSEに75名、三次会、阪急東商店街・つぼ八に47名、四次会、緑地公園駅・椿やに34名。7月29日午後1時半に一次会が開会してから、強引に四次会終了を宣言した午前1時半まで実に12時間が経過した。京都組はMKタクシーを呼んで大阪を脱出したが、五次会で江坂のカラオケボックスに十数名が行ったとの情報もある。32年間のブランクを埋めるには、12時間では少なすぎるということなのか。
 同窓会は中学校がいい。高校、大学へといくと振り分けられて、だんだん均質化されていく。今回の同窓会はみんなの職業が実に多様だ。大学の同窓会だとこうはいかない。ホントにいろんな奴が集まっている。これがいい。それに千里という地域のおもしろさもあるだろう。(当ブログ、断片的な自伝的なシリーズ参照)

あっという間の二時間半 一次会

 一次会、とにかく受付から喚声があがっている。配布物は二次会・三次会の会場案内地図(裏側に住所、電話、Eメールアドレスを書き込めるメモ用紙)、名札、同窓会の歌のCD。会場も開会前から興奮状態。僕は一次会の司会を務めた。担任の先生の紹介と挨拶、スタッフの紹介、物故者2名の紹介と哀悼の意表明、校歌演奏(新設校だったため豊中市歌を校歌にしていたというネタとして)、最高の功労者2名による乾杯の発声。食事と歓談。欠席者のメッセージ紹介。ここまでで35分経過。歓談中クラスごと、あるいはクラブごとの記念写真撮影。約一時間の食事、歓談終了後、全員一言自己紹介、先生への花束・記念品贈呈、新幹事の選出、閉会宣言、全員での記念撮影まであっという間の二時間半だった。


人生初のライブコンサート

 二次会は一次会とはうってかわって、くだけたムードで進行。変わった人、変わらなかった人ランキング、遠いところから来た人紹介などで盛り上がっていた。僕はといえば、一次会の司会を終えた気楽さから、とにかくいろんな友達としゃべっていた。出番は3回。同窓会ソング「君が15歳の」をステージで歌った。人生初のライブ体験ということになる。みんなしんみり聴いてくれた。次は、中学時代好きだった女子に告白せよという悪趣味な企画、これはいたたまれず逃げ出しなんどもステージに連れ戻される。最後は閉会の挨拶。48年間生きてくるのは大変だったね、本当にいろいろあったはず、よくがんばってきたね、子供たちよ、後輩たちよ、みんなもっと俺たちを尊敬しろと言いたいと叫んだはずだが、酒も回り、疲労もあり、ちゃんと言えたかどうか自信がない。ただ四次会まで、今回の同窓会がなければ、言えなかったことがたくさん言えた。知ることも無かったことがたくさん知れた。楽しかった。本当に楽しかった。こんな楽しかったと思える企画があっただろうか。でもどうしてこんなに楽しいのだろう。
 一夜過ぎても、まだ興奮と感動が覚めない。本当にどうしてだろう。

*写真は、グラフィックデザイナーOKとコピーライターTT、制作の案内状。
  
by mihira-ryosei | 2006-07-30 22:08 | よろずヨロカジ
 
e0065380_21284047.jpg

 ハンバーグとポテトサラダ。母から受け継いだ我が家の定番料理である。特別な秘伝などはなにもない。ハンバーグは、ミンチ肉をよく練る。玉ねぎは生のみじん切り、牛乳を浸したパン粉、胡椒、ナツメグ、塩、生卵を加えて、くっちゃくっちゃ練って、ぺったぺったやって形をつくる。ハンバーグを焼いたあとのフライパンでさっと炒めたスパゲティにカレー粉をふって添え物に。このカレースパゲティーははずせない。ソースは、ウスターソース、ケチャップ、ワインか酒、バターを混ぜて電子レンジでチンしてつくる。
 そしてハンバーグにはポテトサラダ。これも阪神のJFKと同じように、切っても切れない関係である。これも秘伝などない。ジャガイモをひたひたの水で煮る。その間に、玉ねぎをみじんに切り、キュウリは水に軽くさらして水切り、ニンジンはいちょう切りで電子レンジでチン、ベーコンは軽く炒め、ゆで卵をつくる。ジャガイモが煮あがったら、玉ねぎ以下をざっと足して、塩、胡椒、マヨネーズで混ぜる。気分によって、酢や粉末ブイヨンを加えたりする。
 これを僕は子供の頃、無上のご馳走として食べた。こんなうまいものを家で食べている子供はいないだろうと確信していた。僕は藤川の速球のように、自信に満ちて、ハンバーグを子供たちに食べさせてきた。我が家のハンバーグ、果たして何代続くかな。

e0065380_21294699.jpg

*ご飯は玄米です。
by mihira-ryosei | 2006-07-23 21:30 | キッチン

人生初のレコーディング

 
e0065380_1174011.jpg
 同窓会が来週に迫った。なんでこうなったか、よく思い出せないけど、コピーライターのTTに記念の曲をつくろうとよびかけたのは僕のほうだ。かなり前に歌詞が届いて、それに何度も注文をつけながら曲が完成したのは、二週間ほど前である。
  『君が15歳の』という曲である。48歳にして同窓会をやろうという僕たちが15歳の目と耳と心を持てば・・というロマンティックな詩に、僕としては70年代のテイストを加えたつもり。
 作曲とはいうけど、中学、高校時代を除けば、大学時代にチリの詩人パブロ・ネルーダの詩に勝手に曲をつけて、家で歌っていたぐらい。
 まあせっかくつくったのだから、(つくってしまったともいえる)、作詞をしてくれたTには聞いてもらわねばとも思うし、それに僕のまわりの反応もちょこっと気になる。このあたりが、イチビリである。それで中学時代いっしょにギターを弾いていた貸しスタジオを経営している同窓生TMに頼んで録音させてもらうことにした。同じく中学時代のバンドメンバーだったSMも大阪から呼んだ。とりあえず「デモテープ」をつくる気だった。とにかく僕は、この数十年自分の家以外で歌をうたったことはない。(カラオケ除く)
  チューニングをしようとして、「音叉忘れた、ここにある?」と聞いて、「ええっ!今も音叉なんか使ってるの?!」とTMにびっくりされ、怪獣映画に出てくるような「ガイガーカウンター」のようなチューニング器を貸してくれた。 だから、録音といっても、スタジオでマイクを置いて、バシャッとレコーダーのスイッチを押して、演奏、それでおしまいだと思っていた。
 ところがTMはスタジオにコンピュターを持ち込んだのである。まずは最初にギター演奏を採ろうというのである。三番まで演奏しなくてもいい、一番の演奏部分をつないで三番までの演奏を編集できるという。ホンマかいな。とにかく柄にもなく緊張し何度も取り直し、OKがでた。次はSMのベースギターを採る。ところがなにせSMはスタジオに来てはじめて曲を聞き、ろくに練習もしていない。無理があるなとは思っていた。そこでTMの提案で一小節ずつ録音してつなげることにしたのである。ええっ!そんなこともできるんですか?
 
e0065380_1191346.jpg 
 次に歌、ソロの部分を僕が歌い、この歌にさらに僕とSMがコーラスを重ねて、完成した。三時に集合、打ち合わせと練習、五時半からスタジオに入り三時間で完成である。
僕の歌が一番まずい。高音が苦しそう。本当はキーはDでもよかったのに、Gで無理して歌ったから。
 いろいろ恥ずかしいけど、面白かった。三人でビールを飲みながら、もっと練習してアルバムをつくろうか、など話がおよんだ。まったく懲りない面々である。

  ほとんどいないと思いますが、この曲をお聞きになりたい方は、以下のURLまで。
我が畏友・TM君作詞作曲の「君を抱きしめて」の次にラインアップされています。
 http://www.apples.co.jp/kimidaki.html

*写真、スタジオのギターは、僕の宝物・Kヤイリ。
by mihira-ryosei | 2006-07-23 11:09 | Q-Chews
 夜、中津の駅前を歩いた。食堂や飲み屋が奇妙に展開している。通りに面して、あるいは路地裏にと、あちらこちらに店が小さく束ねられているようだ。繁華街というにはすき間が多すぎる。これは海に面した中津城を基点に、扇型に町並みが形成されたことと関係があるようだ。中津、福沢諭吉の町である。そんなことには関心も無く、名物の鱧を食べにきたのだ。ホテルで訊ねると、「瑠璃京」でコース料理を出すとのこと。行ってみたが、もう料理はおしまい。まだ8時半ごろなのに。その後が困った。どの店の玄関にも名物であるはずの鱧という文字を覗うことができない。仕方なく、沢山の客で賑わっている「創作炉端焼き」の店に入った。鱧は無い。適当に食べたが、適当なうまさ。ただ、地元の大分の誇る焼酎「耶馬美人」はふんだんにありそうだ。なんだか物足りなくて、前に歩いているときに気になっていた「英彦山」(ひこさん)という店に戻る。良さそうに思ったのだが、馴染み客で固められているようで入りにくかったのだ。勇気を出して暖簾をくぐる。入った瞬間に後悔した。お腹を空けておけばよかったと。いい店だ。

e0065380_012747.jpg

 「ゴーヤの炒め物」とこの店のオリジナル「シジミの唐揚げ」を注文する。お酒はもちろん「耶馬美人25度」。シジミは唐揚げというより、乾煎りといった方が近いかもしれない。シジミを殻ごと中華鍋で煎るのである。醤油とニンニクのスライスだけを加える。殻ごと口の中に放り込んで、しゃぶりながら身を食べる。なかなかいける。「しゃぶる」は大分弁では、「つわぶる」なのか、「すわぶる」なのかで、ご主人とお客とで揉めていた。可笑しい。
 僕は店主が無愛想な店はどんなにおいしい店でも好きじゃない。中田ヒデもイチローも好き嫌いで言えば、好きじゃない。

e0065380_0133896.jpg

 鱧は祇園祭の今頃はごっそり京都に持っていかれて、随分と値が上がるそうだ。地元の人が食べられない名物なのだ。ただし鱧は中津では年中食べられるので、価格面で食べやすい季節もあるのだろう。
 ご主人の話によれば、洋食を志して名古屋に修行に行った先が、和食だったそうである。そこを脱走して大阪でまた修行に励んだ話も聞かせてもらった。和食メニューの中にある「ポークチャップ」や「プレーンオムレツ」に、ご主人の修行生活が滲みで出ている。それにしても、隣の客が食べていた「ポークッチャップ」はやたらと美味そうだった。 
 また、来よう。
 
 ※写真の書は、お店のマークともいえるもので、劉春吉という作家が昭和35年に書いたものである。
by mihira-ryosei | 2006-07-18 00:15 | 旅行