オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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 近年読んだ本の中でも、最も大きな刺激を受けた本である。少数の専門家集団よりも雑多なアマチュアの方が賢くて創造的で効率よく物事を進められるという考え方、クラウドソーシング。
 ウィキペデア、アマゾン、グーグルなどは有名だが、本書に紹介されていた、スレッドレスというTシャツ作成集団、アイストックフォトという写真家集団、はたまた群衆が望むプロサッカーチームを少額の寄付と投票からつくるプロジェクト、オンラインの投票数が基準に達したらプロバンドとして支援するプロジェクト、先進国から貧困地域に群衆の小さなお金を移動させて経済を興すソーシャルバンキングなど、さまざまな事例が紹介されている。クラウドソーシングの可能性は無限に思える。
 そしてなにより、10億のネット人口が生み出した今の一〇代、「デジタルネイティブ」世代論も興味深い。確実に世界が、人びとが、社会の成り立ちが、変貌していく。さまざまなことを考えさせられる本である。

ヒューマンネットワークの夜明け

インターネット接続によって浮き彫りになった真実というのは、しばしば企業よりもコミュニティの方が効率よく仕事を進められることだ。ある仕事をするのに最適な人材は、誰よりもその仕事をしたがっている人物である。そして、仕事ぶりを評価するのに最適な人材は、仕事をした人物の友人や仲間たちだ。

「誰であろうと関係ない。頭のいい人のほとんどは他人のために働く」。一言でいえば、これこそ本書のテーマである。環境さえととのえば、群衆(クラウド)は、社員がいくら大勢いようと、たいてい彼らよりもよい働きをする。

パソコンの前に座った犬が、もう一匹にこんなことをいうのだ。「インターネットでは、犬だってことが誰にも知られないな」クラウドソーシングでは、有機化学の学位をもっていなくても、プロの写真家の経験がなくとも、デザインを学んでいなくても、誰にも知られはしない。クラウドソーシングには一種の完全な実力社会を形成する力がある。家系も、人種も、性別も、年齢も、資格もまったく関係ない。仕事そのものの質だけが問われるのだ。・・・・われわれ一人一人は、現在の経済構造のなかで発揮しているよりもずっと幅広い、ずっと複雑な才能をもっているという考えだ。

3 より速く、より安く、より賢く―――生産手段を民主化する
少々人間性に乏しい言葉が、「ユーザー生成コンテンツ」である。その大部分は、その場限りであとに残らない会話と同じようなものだ―かつては教会の地下室や街角のバーで生まれては消えていた、いわば文化的な暗黒物質である。だがそのなかには意外さと、力強さと、ユニークさを備えているものも少なくない―それらは、とつぜんに創造性を表現する場を与えられた人々によって、閃きを得て作られている。ユーザー生成コンテンツがどれほど存在するかは誰にもわからないが、そういうものに対する注目がいっそう高まっていることは確かである。そして、大企業がそういうものをいっそう多くとりこんでいる。ユーザー生成コンテンツを原材料にして、グーグル(ユーチューブを傘下にもつ)などの企業が商品を作っている。

4.企業の興亡―――コミュニティを商売にする

 企業によって労働者は組織化され、被雇用者として賃金を与えられた。そしてコミュニティは、われわれが仕事のあと休息をする社会的空間になった――経済生産と競争から離れて息抜きをする場所、宗教活動、慈善活動、あるいは純粋な社会活動に従事するための場所である。このパラダイムは、いまやインターネットによってくつがえされつつある。企業は、生産性をはかるのに重量が用いられる場合には、明らかに優位が立つ。鉄鋼を生産するには、かならずや工場が必要になるのだ。だが情報を生産するとなると、コミュニティは企業に比肩しうる。

動機は外部から来るものと内在するものの二つに分類される。外部からくる動機は、ニンジン(経済的動機)と鞭(上司の叱責)からあら構成されると考えられる。一方、内在する動機は、創造することの達成感、プロジェクトへの信念、コミュニティへの義務感、あるいはコミュニティ内での自分の評価を高めるチャンスなど、さまざまなものから成り立っている。調査によれば、オープンソース・ソフトウェアのプログラマーの多くは内在する動機によって行動するという。そのように考えれば、人びとがアマゾンにレビューを書いたり、スレッドレスのためにTシャツをデザインしたり、アイストックフォトのサイトで初心者向けに写真のイロハを何時間もかけて教えたりすることにも納得がゆく。

多様性を理解することは集団的知性を理解するのに必須である。また集団的知性はクラウドソーシングの主要なカテゴリーの一つ、つまり問題を解決する、未来の結果を予測する、企業戦略の管理を容易にするなどの目的に群衆の知識を役立てる試みに、どうしても欠かせない成分である。

7.群衆は何を作るのか――1パーセントが変革をもたらす

じっさいクラウドソーシング方式の採用を予定している人はメモしておこう――金が大事であれば、このやり方はうまくいかない。アイストックのデザイナーの一人はいう。「面白いことに、フォーラムにあらわれる金目当ての人たちは常連にわきへ押しやられてしまう。自分の意見を伝えられない。みんなに無視されるから。ああ嫌な奴が来た。金儲けしたいだけの奴だと」

事前のリサーチに少しの時間(あるいは、傾倒)を必要とする場合の多いプロよりも、彼らの方がずっと有利になる。コミュニティのもつ能力というのは、このようにして知的資源を生かし、階層からなる組織よりも効率よく働く機械に自らがなることである。この自己組織化の奇跡があってこそ、適切な環境を与えられた場合に、クラウドソーシングが大きな効果を発揮するのだ。

8.群衆は何を考えているのか――10パーセントがもみ殻から小麦を選り分ける

それは一対一〇対八九の法則といって、あるサイトを訪れる一〇〇人のうち一人はじっさいに何かを作りだし、一〇人はその人の作品に投票し、あとの八九人はその作品を消費するだけであるというものだ。

10.明日の群衆――デジタルネイティブの時代

ソーシャルメディアを身近なものとして育ち、しょっちゅうインターネットに接続し、カメラつき携帯、マニシマ、ユーチューブを駆使するデジタルネイティブは、デジタルイミグラントと同じ惑星に暮らしているが、まったく異なる宇宙に住んでいる。かれらは、同時に複数のプロジェクトに集中することができる。会ったこともない人びとと親密に、のびのびと共同作業にあたる。また、前世代の人びとがメディアを消費していたときと同じほどの貪欲さをもってメディアを作りだす。これはクラウドソーシング世代であり、未来にオンライン・コミュニティが従来の企業にとってかわっても、完璧に順応することができる。

デジタルネイティブは、テクノロジーを驚くほど巧みに使いこなしている以外に、クラウドソーシングの動力となる社会行動――共同作業、自由に分かち合うこと、なんでもありの創造性を発揮すること――をとりいれてもいる。この傾向を示す人びとには成人よりも一〇代のほうがずっと多いという事実から、ゆくゆくはこの若い世代がクラウドソーシングの作業場を形成するオンライン・コミュニティで活躍するばかりでなく、そこでいっそうの力をつけ、もっと緊密に結びあう共同体を作りだすと考えられる。


「クラウドソーシング」 ジェフ・ハウ  中島由華 訳  ハヤカワ新書
by mihira-ryosei | 2009-07-27 01:00 |
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 正月の京都に続いて、今度は大阪・淡路。Q-Chewsメンバーが生まれ育った大阪ライブということで、おおはりきりで臨みました。
 阪急淡路駅、「走って4分」というライブハウス感謝。若い女性オーナーが、オヤジバンドをしっかりサポートしてくれました。
 蒸し暑い雨の日曜日の夜、地元から、京都から、四国から、関東からも集まってくれた豊中第九中学の同窓生、僕たちの友人たち40名。今回は中学時代の先生、美しい体育のK先生にもきていただきました。なんとこの先生がライブで大活躍することになるのですが。
 練習不足は百も承知、へたくそなのは千も承知。でもライブやると決めたのだから、せいぜいみんなと楽しみたい。実はライブに先立つ1週間前の日曜日、僕は京都・円山音楽堂の「第29回宵々山コンサート」に行ってました。29回を迎えるコンサートは今回で「中締め」。中断含む36年間の歴史がいったんは終わることになったのだ。ライブ前だけど、当時に行こうと決めた。音楽堂の木々に包まれて、僕は、高石友也の歌にほとんど泣いていた。永六輔の歯切れを失った語りに、(記憶の中で全盛の語りに変換し、)酔っていた。その帰り、
考えた。50歳代にふさわしいライブをやろうと。

 オリジナルの歌詞がわかったほうがいいから、パンフレットをつくったらという提案は必ずやろうと思っていた。ステージでは、「おじさん、おばさんのためのライブハウス講座」をやろうと思った。できるだけ丁寧なライブにしようと思った。オリジナルはサビの部分をあらかじめうたってから、演奏に入る。「スタンディング」というものも解説付きでやってみる。「ワンドリンク付き」がよくわからないから、小休止を設けるなど・・・・・。
 でもそんな工夫も、結局は演奏と歌次第。どうだったか。
 ①While My Guiter Gently Weeps(The Beatles) ②同窓会で(Q-Chews) ③Dark Black Night Rots Away(Q-chews) ④転がる岩、そして君に朝が降る(アジカン) ⑤I Saw Her Standing There(The Beatles) ⑥Yellow(ColdPlay) ⑦月光の河(Q-Chews) ⑧Hybrid Rainbow(The Pillows) アンコール ⑨ Day Dream Believer (RCサクセション)
 
 以下、友人とともに来ていた方が、FM千里パーソナリティーの佐武清子さんだったことは当日は知らなかった。が、後日番組の中でこんなトークをしてくれていました。僕の解説を( )をはさみつつ紹介させていただく。

・1974卒業の豊中第9中学校OB,OGのクールでカッコイイオヤジバンド。(これは言いすぎです。たはは)
・当時の先生やお客さんも同窓生が多く来ていて暖かい雰囲気のライブ。
・33年ぶりの同窓会で披露したオリジナル曲「君が15歳の」の発表をきっかけに結成され3年目のバンドでギター・ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードの5人編成。 ・バンド名は豊中第9中学校から「キューチューズ」でスペルは、Q・C・H・E・W・S。 月1回練習しているとパンフレットに書かれていた。 (このへんはパンフレットをつくってよかった)
・ライブ中ギターの人の足がつって演奏が中断、当時の先生や同窓生のお客さんがステージに上がって足をマッサージしていた。ギターの人の「昔はこんな事なかったのに」 の言葉に会場の笑いがあり。暖かい雰囲気でのライブだった。
(足がつったのは2曲目が終わってから、リードギターのT。断じて僕ではない!彼は両足がつったので、完全に仰向けに寝る格好になった。ここで中学時代の恩師が登壇。かつての教え子をマッサージしはじめた。さらに天の橋立からきた同級生、体育大卒の教師K子も登壇。ふたりがかりでマッサージ。僕は彼女のアシスタントをさせられた。中断およそ10分間)
・演奏したのは全9曲で、内オリジナルが3曲、ビートルズやアジカンも演奏していた。
・バンドのサウンドは、楽しいって言う感じがすごく出ていた。 (ありがとうございます)
・ヴォーカルの人の声は私好みで空気が暖かくなるような感じ。 (天にも昇るお言葉。でも本人は後の音源聴いて、ときおり音程をはずすので絶望している)
・演奏の途中で客席お客さんのオールスタンディングもあり、楽しいライブでした。 (実は、スタンディングというものをやろうよと無理やり立ってもらった。楽しかった)
・自分の親を見ている感じでもあったが、自分も50歳になったらどうなっているのかなと近くない将来ではあるが考えさせられた。(50なんてすぐだよ~)
・「みんな50歳までよく生きてきたよね」・・・50歳までに色々苦労があったんだろうなと思う。50歳になっても当時の好きな仲間でバンドをやって、好きな仲間が見に来てくれてうらやましく思った。50歳になって私も何かをやっていたい。こういう風に年をとりたい。 憧れの50歳の人たちに感じた。 (本当に奇跡的に幸せものです。僕たちは)
このQ-ChewsのLIVEは、来年1月にもあるそうです。私は次回も行きたいと思います。 (がんばろう!!)
Q-Chewsはアジカンの曲もやっていたのですが、マドンナ的存在のキーボードの方が
好きなアジカンで今日は違う曲をかけます。・・・と言って「君という花」が流れました。

 さあ、来年に向けて、またがんばろう。
 みなさん本当にありがとうございました。佐武さん、ありがとうございました。
by mihira-ryosei | 2009-07-26 10:49 | Q-Chews
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この世の中でうまいもののベスト10をあげるとすれば、確実に入るのが、これ。あとの九つにこたえようとすると三日間ほど眠れないと思うので、やめておくことにするが。
 えごまの葉、この香り高く、苦くもなく、辛くもなく、体に良い、自然界の傑作は、韓国料理において欠くことのできないものである。焼き肉をサンチュの葉とともに包んでたべることが多いが、味噌づけにも、キムチにも、そうして今回の醤油漬けにも、活躍している。僕は、醤油漬けがほんとに好きで、ご飯を巻いて食べているうちに、ついついお代わりしてしまう。
 といいながら、自分でつくるのはこれが2回目、この前つくってから二十年ほどになるか。
 この間は生真面目につくりすぎたようだ。で、とってもめんどくさいものと信じ込んでいた。でも、先週日曜日、つくってみたら簡単だった。家族にも好評、こんな簡単ななら、ということで、今日もつくることになっている。
 
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 ヨメハンが、プランターに種を捲いて栽培したえごまの葉が、すっかり成長した。大きいものからちぎっていく。今回は70枚ほど。

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 ボウルで新井(がんばってくれ!せめて2割5分台に打率を回復してくれ!)、・・・・・、ボウルで洗い、ほこりや土をのぞく。水気をやや神経質にとるために、キッチンペーパーに葉を敷き詰め、重ねる。
 その間、鍋に醤油大さじ5~6、みりん大さじ2~3をいれて火にかけ、ごま油大さじ2~3を加えてさます。

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 鍋に、おろしにんにくひとかけ、すりごまたくさん、唐辛子は好みだけど、僕は大さじ1、刻んだ青唐辛子一本を入れて、「たれ」を葉に塗るようにしながら、重ねていく。

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 ひととおりたれをつけた状態が上の写真。このまますぐにでもたべることができる。青っぽい味もいい。本格的な醤油づけには1週間ほどかかる。ただ、そこまで何枚も残らないのだ。

 今日はにんにくいれずにつくってみる。そうすれば朝から食べられる。でもまた1週間もたないことは必至なんだけど。
by mihira-ryosei | 2009-07-05 11:45 | キッチン