オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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 福岡から熊本、鹿児島を縦断する国道3号線沿いを中心として、綺羅星のように個性的スタイルのラーメンが存在している。
 細めん・白濁豚骨スープのシンプル長浜ラーメン。
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 それよりやや太いめん濃厚なスープで、長浜ラーメンの元祖ともいわれ、熊本玉名ラーメンや、佐賀ラーメンにも影響を与えている偉大な久留米ラーメン。
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 中太めん・豚骨に鳥ガラスープ・揚げニンニクスライス・ラー油・焦がし油の熊本ラーメン。

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 鹿児島にいくと、豚骨、鶏ガラ、野菜、魚系の干物に、味噌もありで、熊本よりさらに濃厚なスープ、かとおもえば気が抜けたようなあっさりしたスープ、そのうえ、たくあんも急須のお茶もついて、わけがわからなくなる。長崎はこのような流れとは独自の立場をとり、チャンポンという日本に冠たる傑作を有している。宮崎は、福岡的要素と鹿児島的要素とを合わせたものだが、宮崎ラーメンとまでいえる個性かどうか。
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 ところで、大分はどうか。誰が言ったか知らないが、「大分にうまいラーメンなし」と。
う~ん、確かに、大分在住歴6年半の経験を有する僕も、それは認めざるを得ない。ただひとつの例外を除いて。

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 その例外、重厚な九州ラーメン群に対して、孤軍奮闘ともいえるのが、中津の宝莱軒。大分では抜群の知名度、ブランドを誇っている。某月某日、懐かしの店を中津に訪ねる。

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 昭和がぷんぷん臭う街角がいい。大漁旗のような独特の暖簾もいい。店内も昭和そのもの、レトロである。創業は昭和33年。僕とおないだな。味は?スープは豚骨、鶏、いろいろかな。好きです。めんは極細めんだけど、この柔らかさがやや微妙。でもいいや。大分だし、支持する。しょせん、ラーメンは好き嫌いでいいんです。

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 ところでなんでラーメンのことなんか書いてるのかな。


*宝来軒の写真以外、九州のラーメンはいろいろ、ネットでお借りしたものです。
by mihira-ryosei | 2009-11-23 01:19 | うまいもの 韓国京都以外
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 この本、とても、というより、まあ、面白いという本である。「日本のエリート=官僚政治」というものの原点を戦前にまで遡って、理解させてくれる。また、1976年、高校時代、テレビで見たロッキード疑獄の国会証人喚問で、全日空側の証人として追及を受けていた若狭得治の官僚としての活躍が描かれていて興味深かった。
 ところがこの本のページを折り込んだのは、そんなこととはあまり関係のないことだった。戦争というものの冷酷さ、無残さを痛感させる一文である。


 
 開戦時に六百三十万総トンだった日本商船隊は、戦争で八百四十万総トンを喪失(戦時中に急造された船舶を含む)。ほとんどすべての船舶を失い、戦後残った船は粗製乱造の戦時標準船や老朽船だった。就航可能な船は、わずか六十万総トン。これは明治末期の水準だった。いくら船を造っても、すぐ沈められてしまう。だいたい半年ぐらいの命だから、造船所も手を抜く。しかし、そんな“欠陥商品”であっても、よくも戦時中、二百十万総トンもの船が建造できたものだ、との疑問がわく。それというのも、ほかの工場が空襲でやられるなかで、どうしたことか造船所は爆撃を受けていなかったからである。隣の飛行機工場は全滅というのに、造船所はやられていない。戦後、三井造船を訪れたある米軍将校は、その理由について、「鋼材、資材を使わせて船を造らせ、早く沈めれば、日本の戦力の消耗はそれだけ早くなる」と語ったという。まさに大人と子供の関係である。物質の多寡、技術力の差の問題だけではない。アメリカのこうした老獪さの前に、日本は初めから敵ではなかったのである。


『高級官僚 影の権力者の昭和史1巻』本所次郎(だいわ文庫)
by mihira-ryosei | 2009-11-15 21:41 |
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 店の名前は、「天丼の店」。それではわからないので、「坂町の天丼」と付け加えている。大阪、千日前にある店である。僕が中学校のとき、従弟に連れて来てもらって知った。もうかれこれ、三十五、六年前になる。その後通っていた高校が、大阪・玉造にあったので、学校帰りの土曜日などよく行った。当時、220円だったと思う。同級生と英単語の問題を出し合って、負けたほうがおごるというルールをつくり、必ず勝った。
 店はカウンターだけで、5,6人も入れば満席。入口に一番近いところで、目のギロッとしたオジイが天ぷらを揚げていた。となりによく似た息子さん、そのとなりにその奥さんらしきおばさんがいて、三人で、香り高いほうじ茶を出す、ご飯や赤だしをお椀によそう、天ぷらを揚げる、盛り付けるという作業を寡黙にこなしていた。
 なによりおいしかった。そして高校生でも手の出る値段だった。

 最近、なつかしくなって行ってみた。値段が変わっていた。あたりまえである。店に入ると、目のギロッとした息子さんがオジイになって天ぷらを揚げていた。となりによく似た息子さんとお母さん、つまりオジイの奥さん、三人がやはり、天丼と赤だしをつくっていた。確かに顔ぶれは変わっていたが、本質的にはなにも変わっていない。何十年と、行列のできる人気店なのに、店を拡張するわけでもなく、チェーン店もつくらない。
 
 時間はたっぷり流れていた。でも坂町の天丼は不変であり続けていた。
 
 店をあとにするとき、僕は心の中で、精一杯、ありがとうと叫んだ。

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by mihira-ryosei | 2009-11-14 01:32 | うまいもの 韓国京都以外
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  Q-Chewsを生んだ店といえるかもしれない。4,5年前、同級生のコピーライターT君に連れられて行った。女将も同級生。近所に住む同級生たち数名が集まった。三十年振り以上の再会だった。
 これまで味わったことのなかった興奮から、「同窓会をやりたい」と思った。想いを同じくするメンバーとともに準備を開始した。椿やにもよく集まった。
 2006年7月、大阪梅田で同窓会開催。全学年の約半分、100名近い同級生が集まった。
 これがきっかけで、Q-Chewsが結成された。
 今でもなにかと同級生が集まる店。

 焼き鳥のおいしさはいうまでもない。ちょっとしたおつまみメニューもおしゃれ。内装から器の凝り方も半端ではない。なにごとにも女将はとても研究熱心。忙しいときは、我々の相手などせず、ひたすら、焼いている。

 メタボなので、なるべく甘いものは遠ざけているのだけれど、食べてしまった、泡プリン。焼鳥屋のプリントはこれいかに?と思ったが、実にうまい。

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 この店のかけたまごご飯で使用されている青い卵をつかっている。チリのアロカーナーという鳥と鳥骨鶏の交配種が生んだ卵。牛乳は、奥出雲の木次(きすき)乳業のパスチャライズ乳。社員たちが、有機農業で自給自足生活をしながら、牛を育てている。泡プリン、1個350円、それはそうやなと思う。

 一度お試しを。
Q-Chewsのファンです、ゆうたらサービス良くなるかな。これもお試しを。

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  椿や 06―6868―2422 <北大阪急行 緑地公園駅下車すぐ>






  
 
 
 
 
by mihira-ryosei | 2009-11-03 10:57 | うまいもの 韓国京都以外