オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2010年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

e0065380_23534839.jpg


 夏ライブのお知らせです。去年の1月、7月と同じく、今年も1月、7月になりました。そういう意味では4回目のライブです。場所は、今年の1月ライブで、音響もスタッフのみなさんのサポートも、すっごくやりやすかった西中島南方のD.Ⅲです。
 僕たちQ-Chews、2006年7月に開かれた豊中第9中学、1974年同窓会で、三十数年ぶりに再会したメンバーで結成され、4周年。しかも今回は、4年ぶりにライブの直後に同窓会が行われることになっています。その関係上、開演が夏の一番くそ暑い時間帯ですが、これまでとはまた違う熱い雰囲気になるかもしれません。(会場は涼しくしてもらいます)
 これまで応援していただいた皆さんにも、去年の7月より、今年の1月よりも、いい演奏をしたいと思っています。ぜひお越しください。

 1月にも来てくれた同級生・中島信也も来演決定です。

 このチラシ、『僕らの千里ラプソディ』のイメージですね。やりますよ。最高のラプソディにしますとも!!
 
 
 

 
by mihira-ryosei | 2010-05-24 00:08 | Q-Chews
 
e0065380_1281569.jpg

 ハルバースタムの最後の大著である。勝者と呼ぶべきものが浮かばない朝鮮戦争という不可思議な大戦争をめぐって、さまざまな考察がなされている。僕がページを折った箇所だけで、新書ぐらいにはなるかも知れない。

第53章 遙かなり朝鮮半島
 すべての戦争はなんらかの意味で誤算の産物かもしれない。だが朝鮮では戦争当事者双方の重要な決定のほとんどすべてが誤算に基づいていた。まずアメリカが防衛範囲から朝鮮半島を外し、これがさまざまな共産側当事者の行動を誘発した。ついでソ連が金日成の南への進行に青信号を出した。アメリカの参戦はないと確信したのである。アメリカは参戦した。そのときアメリカは、立ち向かう相手の北朝鮮軍の能力をひどく過小評価する一方、初めて戦闘に赴くアメリカ軍部隊の準備体制を法外なまでに過大評価していた。アメリカ軍は後に、度重なる警告に注意を払わず、38度線の北に進撃する決定を下した。
 
e0065380_1295052.jpg
それからこの戦争における単一では最大のアメリカの誤算があった。マッカーサーが中国軍は参戦しないと確信したがゆえに、はるか鴨緑江まで進撃することを決め、自らの部隊をこのうえなく無防備な状態にさらしたのである。そして最後は毛沢東だった。かれは兵士の政治的純粋さと革命精神がアメリカ軍の兵器の優位(そしてその腐敗した資本主義的精神)よりもずっと重要であると信じ、そのために朝鮮北部での緒戦の大勝利の後、部隊をあまりにも南下させすぎ、その過程で恐るべき損害を出した。
 しばらくの間、望むものを手にしたのはスターリンただ一人だったかのように思われた。スターリンは毛沢東のチトー化と中国がアメリカと手を結ぶ可能性とを恐れ、中国がアメリカと闘う決意をしたことに少なからず満足だった。しかし冷血で計算高いスターリンでさえ、何回か誤算を犯した。かれは最初、アメリカの参戦はないと考えていたが、アメリカは参戦したのである。ソ連の傍観するなかでアメリカが中国と戦うことにスターリンは当初、不満ではなかったかもしれないが、ソ連にとっての長期的な結果は、実のところ複雑きわまりないものであることが判明する。致命的なまでに重要な初期の数か月間にスターリンがしてくれなかったことについて、中国は恨みを抱きつづける。そしてこうした怒りの感情が数年後の中ソ決裂の要因になったのである。しかし、おそらくそれ以上に重要なのは、中国の参戦がアメリカの国歌安全保障問題に対する見方に深甚かつ永続的な影響を与えたことだった。・・・・アメリカを以前よりはるかに安全保障志向の強い国家に変身させたのである。・・・アメリカ政治も毒され、そこでの一大懸念は―――地政学的な理由ではなく、国内の政治的な理由によって―――この国は共産主義者に奪われるのではないか、ということになった。そのために、アメリカのアジア政策は深い傷を負い、当時のレーダースクリーンにはほとんど映ることのなかった国、ベトナムへの政策に深刻な影響をおよぼす結果になる。
e0065380_1302417.jpg
 もちろん金日成も誤算をした。アメリカが韓国を守るために部隊を派遣することはないと判断したばかりか、自分自身の声望とその革命をめぐる神話のゆえに、北の部隊が南に乗りこめば、南部の20万の農民が一致団結して立ち上がると確信していた。金日成は国を統一できなかったばかりではない。アメリカに韓国の重要度を格上げさせたのである。アメリカは軍事的に韓国を守るだけでなく、戦後の時期に財政的に成長を支援し、北朝鮮を足元にも寄せつけないような、生存力あふれる韓国社会を育てた。戦争終結から50年たつが、韓国にはいまもアメリカ軍が駐留している。そして韓国は発展途上国の経済指針ともいうべきものになり、1980年代末にはその経済がソ連自体をはるかに上回る活力を具えるにいたった。それに対して北朝鮮は、相変わらず悲惨で冷酷な取り残された場所であり、全体主義と経済的貧困、そして外国嫌いのままである。

 指導者、政府が犯した誤算、誤解により、朝鮮半島の人々、アメリカ人、中国人が、無駄に犠牲になった。そしてそのことは戦後にもそれぞれの国に影響を与えた。韓国についても、ハルバースタムのいうようないい話ばかりではない。戦後長らく、反共を「錦の御旗」として、軍事独裁政権が続いたし、日帝の植民地支配と朝鮮戦争による分断固定化と光州事件のような悲劇を生み、ベトナム戦争にも参戦した軍事独裁、それぞれの深い傷跡、爪痕から、韓国はまだ自由ではない。

 戦争は、ある面で、もっと合理的なものだと思っていた。しかし、アメリカも、中国も、北朝鮮も、それぞれ内政問題や権力闘争などが、戦争遂行に非常に大きな影響を及ぼしており、信じがたい不合理さのただなかで、またして無数の兵士、市民が犠牲になった。

 そして、この本、兵士たちのあり様、権力者たちの姿が、実に生々しい。腐敗も、怠惰も、傲慢も、臆病さも、勇気も、正義感も、愛情も、哀れさも、すべてが。だからこそ、長大な本を読み続けられたのだと思う。

そして日本である。この戦争を日本経済発展の礎となった「朝鮮特需」とだけ位置づけていていいのか。日米同盟、日本の基地化、戦争放棄と自衛隊など、1951年から時間軸を延伸させて考えてみるべきテーマはとても多いように思える。

『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』上・下 
デイヴィド・ハルバースタム/山田耕介・山田侑平 訳 (文藝春秋)
e0065380_128543.jpg

by mihira-ryosei | 2010-05-16 01:31 |

クロッシング 

e0065380_22444100.jpg

 
 実は、とても重たい映画だというのはわかっていたので、かどやで、ホロ酔いになって映画館に入ったことは、結果として僕にとってはよかった。
 はたして映画は、想像以上に重たかった。何度も涙し、目をそむけ、胸が痛かった。現在の北朝鮮と脱北という現実。そして、民衆に降りかかる恐るべき理不尽な不幸。
 ところでテレビでこの映画を絶賛しつつ、「現政権を打倒せよ」、「軍事クーデターに期待する」などと叫んでいたコメンテーターがいたが、そういうために動員されてみるような映画ではなかったように思う。もちろん北朝鮮の人権のために闘っている人たちがいることは素晴らしいことだと思うけど。

 主人公の家族のみならず、北朝鮮の人々の生きざまは、人間として美しく、気高く、やがて、自らの力で国を変えていくだろうという希望の光も微かに見えたような気がした。

映画、としても十分に魅力のあるものになっている。北朝鮮の「中」、脱北シーン、そしてモンゴルの砂漠、ストーリーの展開も、映像も。

e0065380_2251062.jpg


なにが、この異常な国を生みだし、成立せしめ、そして、日本の植民地支配の36年をはるかに超えた今も、いまだにこの体制を維持させているのか。
 北朝鮮をとりまく歴史、ソ連(ロシア)、中国、アメリカ、日本などとの国際関係も含めて、冷静に考察し、私たちになにができるのかを僕自身にも問いかけなければならない。
 たとえば、日本が変わればなにかが変わるのか。いや、どう変わればなにかが変わるのか。わかりにくいなあ。

映画を観終わった後の心斎橋、僕はまだ酔いが十分に残っており、視界に入る風景が、たむろしている若者、ドーナツを求めて90分待ちの行列、そして、御堂筋はくらくらして夏のように暑く、それに映画の残像が次々浮かんできて、さらにああ沖縄のこともあったなとか・・・なんだか不思議な感覚に襲われた。

 観てください。ぜひ。
by mihira-ryosei | 2010-05-05 22:05 | 映画・音楽
 

e0065380_2132340.jpg
 

 映画「クロッシング」を観に、心斎橋に出かけた。前日混んでいると聞いていたので、朝9時に烏丸駅を出て、10時につけば、10時すぎの1回目上映に間に合うかもと期待していた。たとえだめでも12時過ぎの上映にはいけるだろうと、読んでいた。ところが、着いてみるともう行列、1回目はおろか、2回目も満席完売。なんじゃこれは!!
 仕方なく2時過ぎのチケットを購入。そんなんで、4時間弱の時間ができた。1時間ほどは懐かしの心斎橋、道頓堀、千日前をぶらぶら歩き、喫茶店へ。そして開店をねらってめざしたのが、豚足、ホルモンの店、「かどや」である。
 お昼12時過ぎ、もう店内は満員に近い状態。カウンターにすわると、フィリピンの別嬪さんに注文を聞かれた(写真にキレイなお手が写っています)。仕入れ前か、生レバーはなく、生センマイ、豚足、蒸し豚、マメの串焼きなどをビールと共に頼む。飲むほどに、隣のお客とも話がはずみ、ここが絵にかいたような大阪なのだが、いろいろ聞きもってメニューも追加。「子豚腸」がわからなかったがおいしいというのでたので見たら、どっさりの生姜の千切りの下にはボイルしたコブクロ、つまり子宮だった。確かにうまかった。豚足の鍋からスープを赤だしを入れるよう器にいれてお客さんに出していたが、あれなんやろ?

 5月の連休最後の日、こどもの日に、おっさんは、昼間から、かどやで一杯のみ幸せ。
コブクロがおいしいというから5月5日はおっさんのホルモン記念日・・・・・。

e0065380_21363757.jpg

by mihira-ryosei | 2010-05-05 21:37 | うまいもの 韓国京都以外