オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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う~ん

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 あけましておめでとうございます。

ライブ前日。ギターのメンテナンスにでかけた。御池西洞院を上ル。
 写真。御金神社前。う~ん。ウエスタン観光、手書き・・・・・なんとも。
 
 
 
# by mihira-ryosei | 2010-01-09 19:36 | 京都なんでも
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昨日遅くから朝4時前まで年賀状づくりでがんばった。

昼前に、ガキの使いで、キムチの星山に、蒸し豚、キムチ、トックを買いに行く。郵便局でスタンプ、ポンポンおして、104枚、送る。これ便利でええね。

帰宅後、恒例の大晦日 「浄化クラシックコンサート」。

ベートーヴェン「第九交響曲」 48歳の早世したハンガリー人指揮者、フリッチャイ指揮、ベルリンフィル。よかった。かっちりして風格のある第九だ。まあ、僕には、フルトヴェングラーのバイロイト盤の呪縛があって、他の第九からは、ものすごい大きな感動はない。ただ、バリトンのフィッシャー・ディスカウは素晴らしかった。1957年、元気溌剌だった。

去年も聴いた「エッセンシャル バーンスタイン」。 マーラーの「第2交響曲 復活」。これはやっぱり好き。ゴテゴテしているだの、俗っぽいだのけなす向きもあるが、かまうことはない。いいです。特に、ドラマチックなバーンスタインのはいいです。
今回、心に響いたのが、アイヴス「答えのない問い」、コープランド(なんか生協のウイスキーであったかも)「第4交響曲」。

で、Q-Chewsのステッカーもつくった。ライブでご迷惑なお土産にしようと思って。掲載したものともうひと種類、黒を基調にしたものがある。デザイナーO君の作。「プロにうまい!いうな」と言われたので、いわないけど、いいと思う。プリンターで印刷、買ってきたステッカー用の台紙をゴニョゴニュやってつくるんだけど、やっぱり、小学校の時、通信簿、図画工作2のときもあったので、何枚かは無駄にした。まあ上出来、上出来。

あとは、演奏と歌。さあ、今年最後のボイトレやるぞ!!
# by mihira-ryosei | 2009-12-31 21:48 | Q-Chews
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 暗ろうてようわかりませんやろ。
 今年食べた中で文句なし、昨日のこれが一番ですな。チキンラーメンいいますねん。メニューにそう書いてありましてな。せやけどインスタントラーメンとは違いまっせ。
 スープは、濃厚、後口さっぱりの鶏だしとニンニクやと思います。? 場所は言えませんなあ。それにここの店、有名な串焼きのお店ですねん。あっ、バター風味のガーリックライスも抜群でござんした。ここまでいうとわかるかなあ。わっかんねえだろうなあ。

 
 
# by mihira-ryosei | 2009-12-31 15:50 | 京都なんでも
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  ラーメンについて投稿いただいたSouthsideさん。コアラやカンガルーといっしょに住んでいる南半球の某人の、「素敵でしょ」と「オヤジコメント」つきで、本当にステーキラーメンの写真が届いた。
 う~ん、なるほどという感じだな。食べてみたいという欲望はあるけど、おいしいかどうか。それにしても味千ラーメンは、日本ではローカル商品だけど、国の外に出ると、りっぱな国際ブランド、この間行った中国広州でも見かけた。
# by mihira-ryosei | 2009-12-19 13:02 | うまいもの 韓国京都以外
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 昨日、土曜日に本屋で偶然見つけて、一気に読んでしまった。
 このやんちゃな不良夫婦、「ほんまかいな」というエピソード連発だ。「俺たちに明日はない」のボニーとクライドを彷彿とさせるというのは言い過ぎだろうか。
 権威の徹底した否定と体制を笑い飛ばすおちょくり、底なしの度胸と喧嘩力、仲間への愛情、伴侶への同志的信頼。
 
 スカッとする。もっと自由に、奔放に、生きていいのだ。腹をすえてかかればなにをやってもいいのだ。体制への抵抗どころか、消費など狭い自己の欲望すら萎えてしまったかのような今の若者に、足引っ張りだけは上手な事なかれ主義のオヤジたちに、おりょうから、喝!をいれてほしいな。
 

 
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『わが夫 坂本龍馬 おりょう聞書き』 一坂太郎 (朝日新書)
# by mihira-ryosei | 2009-12-14 00:05 |
 福岡から熊本、鹿児島を縦断する国道3号線沿いを中心として、綺羅星のように個性的スタイルのラーメンが存在している。
 細めん・白濁豚骨スープのシンプル長浜ラーメン。
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 それよりやや太いめん濃厚なスープで、長浜ラーメンの元祖ともいわれ、熊本玉名ラーメンや、佐賀ラーメンにも影響を与えている偉大な久留米ラーメン。
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 中太めん・豚骨に鳥ガラスープ・揚げニンニクスライス・ラー油・焦がし油の熊本ラーメン。

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 鹿児島にいくと、豚骨、鶏ガラ、野菜、魚系の干物に、味噌もありで、熊本よりさらに濃厚なスープ、かとおもえば気が抜けたようなあっさりしたスープ、そのうえ、たくあんも急須のお茶もついて、わけがわからなくなる。長崎はこのような流れとは独自の立場をとり、チャンポンという日本に冠たる傑作を有している。宮崎は、福岡的要素と鹿児島的要素とを合わせたものだが、宮崎ラーメンとまでいえる個性かどうか。
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 ところで、大分はどうか。誰が言ったか知らないが、「大分にうまいラーメンなし」と。
う~ん、確かに、大分在住歴6年半の経験を有する僕も、それは認めざるを得ない。ただひとつの例外を除いて。

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 その例外、重厚な九州ラーメン群に対して、孤軍奮闘ともいえるのが、中津の宝莱軒。大分では抜群の知名度、ブランドを誇っている。某月某日、懐かしの店を中津に訪ねる。

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 昭和がぷんぷん臭う街角がいい。大漁旗のような独特の暖簾もいい。店内も昭和そのもの、レトロである。創業は昭和33年。僕とおないだな。味は?スープは豚骨、鶏、いろいろかな。好きです。めんは極細めんだけど、この柔らかさがやや微妙。でもいいや。大分だし、支持する。しょせん、ラーメンは好き嫌いでいいんです。

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 ところでなんでラーメンのことなんか書いてるのかな。


*宝来軒の写真以外、九州のラーメンはいろいろ、ネットでお借りしたものです。
# by mihira-ryosei | 2009-11-23 01:19 | うまいもの 韓国京都以外
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 この本、とても、というより、まあ、面白いという本である。「日本のエリート=官僚政治」というものの原点を戦前にまで遡って、理解させてくれる。また、1976年、高校時代、テレビで見たロッキード疑獄の国会証人喚問で、全日空側の証人として追及を受けていた若狭得治の官僚としての活躍が描かれていて興味深かった。
 ところがこの本のページを折り込んだのは、そんなこととはあまり関係のないことだった。戦争というものの冷酷さ、無残さを痛感させる一文である。


 
 開戦時に六百三十万総トンだった日本商船隊は、戦争で八百四十万総トンを喪失(戦時中に急造された船舶を含む)。ほとんどすべての船舶を失い、戦後残った船は粗製乱造の戦時標準船や老朽船だった。就航可能な船は、わずか六十万総トン。これは明治末期の水準だった。いくら船を造っても、すぐ沈められてしまう。だいたい半年ぐらいの命だから、造船所も手を抜く。しかし、そんな“欠陥商品”であっても、よくも戦時中、二百十万総トンもの船が建造できたものだ、との疑問がわく。それというのも、ほかの工場が空襲でやられるなかで、どうしたことか造船所は爆撃を受けていなかったからである。隣の飛行機工場は全滅というのに、造船所はやられていない。戦後、三井造船を訪れたある米軍将校は、その理由について、「鋼材、資材を使わせて船を造らせ、早く沈めれば、日本の戦力の消耗はそれだけ早くなる」と語ったという。まさに大人と子供の関係である。物質の多寡、技術力の差の問題だけではない。アメリカのこうした老獪さの前に、日本は初めから敵ではなかったのである。


『高級官僚 影の権力者の昭和史1巻』本所次郎(だいわ文庫)
# by mihira-ryosei | 2009-11-15 21:41 |
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 店の名前は、「天丼の店」。それではわからないので、「坂町の天丼」と付け加えている。大阪、千日前にある店である。僕が中学校のとき、従弟に連れて来てもらって知った。もうかれこれ、三十五、六年前になる。その後通っていた高校が、大阪・玉造にあったので、学校帰りの土曜日などよく行った。当時、220円だったと思う。同級生と英単語の問題を出し合って、負けたほうがおごるというルールをつくり、必ず勝った。
 店はカウンターだけで、5,6人も入れば満席。入口に一番近いところで、目のギロッとしたオジイが天ぷらを揚げていた。となりによく似た息子さん、そのとなりにその奥さんらしきおばさんがいて、三人で、香り高いほうじ茶を出す、ご飯や赤だしをお椀によそう、天ぷらを揚げる、盛り付けるという作業を寡黙にこなしていた。
 なによりおいしかった。そして高校生でも手の出る値段だった。

 最近、なつかしくなって行ってみた。値段が変わっていた。あたりまえである。店に入ると、目のギロッとした息子さんがオジイになって天ぷらを揚げていた。となりによく似た息子さんとお母さん、つまりオジイの奥さん、三人がやはり、天丼と赤だしをつくっていた。確かに顔ぶれは変わっていたが、本質的にはなにも変わっていない。何十年と、行列のできる人気店なのに、店を拡張するわけでもなく、チェーン店もつくらない。
 
 時間はたっぷり流れていた。でも坂町の天丼は不変であり続けていた。
 
 店をあとにするとき、僕は心の中で、精一杯、ありがとうと叫んだ。

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# by mihira-ryosei | 2009-11-14 01:32 | うまいもの 韓国京都以外
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  Q-Chewsを生んだ店といえるかもしれない。4,5年前、同級生のコピーライターT君に連れられて行った。女将も同級生。近所に住む同級生たち数名が集まった。三十年振り以上の再会だった。
 これまで味わったことのなかった興奮から、「同窓会をやりたい」と思った。想いを同じくするメンバーとともに準備を開始した。椿やにもよく集まった。
 2006年7月、大阪梅田で同窓会開催。全学年の約半分、100名近い同級生が集まった。
 これがきっかけで、Q-Chewsが結成された。
 今でもなにかと同級生が集まる店。

 焼き鳥のおいしさはいうまでもない。ちょっとしたおつまみメニューもおしゃれ。内装から器の凝り方も半端ではない。なにごとにも女将はとても研究熱心。忙しいときは、我々の相手などせず、ひたすら、焼いている。

 メタボなので、なるべく甘いものは遠ざけているのだけれど、食べてしまった、泡プリン。焼鳥屋のプリントはこれいかに?と思ったが、実にうまい。

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 この店のかけたまごご飯で使用されている青い卵をつかっている。チリのアロカーナーという鳥と鳥骨鶏の交配種が生んだ卵。牛乳は、奥出雲の木次(きすき)乳業のパスチャライズ乳。社員たちが、有機農業で自給自足生活をしながら、牛を育てている。泡プリン、1個350円、それはそうやなと思う。

 一度お試しを。
Q-Chewsのファンです、ゆうたらサービス良くなるかな。これもお試しを。

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  椿や 06―6868―2422 <北大阪急行 緑地公園駅下車すぐ>






  
 
 
 
 
# by mihira-ryosei | 2009-11-03 10:57 | うまいもの 韓国京都以外

HEY HEY WE'RE THE Q-CHEWS


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 ライブのお知らせです。筆王でつくった間に合わせのチラシがうまくjpgに変換できなくて、見えにくいですね。『へたにもいろいろありまして・・・』というわけで、HEY HEY WE’RE THE Q-CHEWS NEW YEAR LIVE 2010というライブやります。
 へたなのを開き直って、どきどきもまだありますが、それよりも厚かましく、また、やるのです。ライブは今度が3回目。今度は、「Q-Chewsのテーマ」やります。コンサートのタイトルで、ややネタばれですが。迷惑でしょうが、オリジナル新曲を2曲加えました。ひとつは千里、九中のご当地ロックです。下に歌詞を掲げます。こんなんです。なつかしい人はなつかしい。そうでない人は・・・。でも、Beatlesのペニーレインもストベリーフィールズ・フォエバーもいうなればご当地ソングですよね。
 もうひとつは、「ちょんとしよ」と僕のようなだらしのない生活を送っている人を「僕が諭す」というしまりのない歌です。
 オリジナルが多くなる代わりに、スタンダードナンバーは、「それ知ってる!」、「なつかし~」というのをやります。お楽しみに・・・でもないか。
 
  2010年1月10日(日曜日)/18:00開演予定
  場所:Live Bar D.Ⅲ <06-6885-7068 地下鉄御堂筋線 西中島南方駅、阪急南方駅下車>

*Q-Chewsのブログ、作成にかかります。できたらお知らせします。

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僕らの千里ラプソディ

本当はアメリカ館の月の石なんて見たことはない
それより外国のコンパニオンに見惚れていた僕の進歩と調和  
秘密の抜け道スタンプノート パビリオンに駆けていった ラプソディ

細長い空を見上げていた桃山台のホーム 北大阪急行
センチュウの田村書店で部活帰りの彼女を待ち続けたことがある
ニューアストリア ローゼンタール 真夜中のセルシー広場 ラプソディ

蜂の巣みたいな 団地を貫いてモーレツに車は 走っていく 
吹き上げる 風と震動が陸橋に立つ 僕たちを揺さぶった
ほとんどが転校生 だからみんなすぐに友達になれた
島熊山で 探検ごっこしたね 太陽温泉で 何時間でも話してた
大丸ピーコック 近隣センター 夢のモザイク ニュータウン ラプソディ

太陽の塔そびえたつ 巨大な丘陵は 果てしなく続く   
僕たちの未来への滑走路だった

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# by mihira-ryosei | 2009-10-25 21:54 | Q-Chews
 アイルランドのことを書こうと思っているのだけれど、想いがあふれてなかなかなあ・・・。往復の飛行機で、司馬遼太郎の「愛蘭土紀行」Ⅰ、Ⅱを再読し、いろんなことが頭をかけめぐったのだけれど。
 いつから、どんなことを、どんなふうに、感じ、考え、想ってきたのか、うまくいえない。でも、不思議なことにアイルランド、アイリッシュという言葉には、愛着、憧憬といっていいものがある。

 想いより、とにかく見たものを。
 ロンドンやリバプールとダブリンと、パブや街角を比較すると、あきらかに違うのは、音楽の多さだ。いたるところで、誰かがなにかを奏でている。音楽が空気のように、風のように、光のように、会話のように、溜息のように、ささやきのように、叫びのように、棲む街、それがDublin。
今回は、写真をじっくりご覧ください。

 
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# by mihira-ryosei | 2009-10-04 23:54 | 旅行
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Abbeyroadに行けただけでも、信じられないことなのに、Londonを離れてLiverpoolに来られたことは、さらに信じられないことだ。Liverpool、リバプール、りばぷーる、声にだしてみる、その響きだけでも、すでにもう音楽なのだ。だから、そこにいるということに実感がわかなかった。よく、Q-Chewsみんなで行けたらいいなと話していた。そう、Beatlesへの巡礼だな。
もともと研修・調査という目的でアメリカにいくはずが、二転三転して、イギリスに来ることになって・・・・。
 
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 ファンとか、マニアとか、いわれたくないもっと特別な、生き方につながるものが、僕にとってのBeatles。そして、社会も、哲学もわからない中学の頃から、特に、John・Lennonを崇拝していた。そんな彼らが生まれ、育ち、ミュージシャンとして旅立っていったLiverpool。
  イギリス北部の港町。日本でいえば、青森か、仙台みたいなところだろうか。訛りの強さも含めて。Londonと違って、ゆったりとして、人ごみも少ない、でも堂々とした港町は、今、BeatlesとLiverpool FCの町。とくにBeatlesを求めて、世界から人々が来ている。ビートルズの博物館、Pennylane、Strawberryfields,などBeatlesゆかりの後を訪ねるツアー、そして、Beatlesがライブ活動をしていたCavern Club周辺のMathew通り、さらに、驚いたのは、Harddays night hotel という高級ホテルまであった。

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  The Cavern Club。1957年、オープン。Beatlesが登場するのは1961年11月。ドイツのHamburgでの800時間のライブ武者修行を終えての凱旋だったのか。このクラブで、Beatlesは292回の公演をおこなっている。最後は、1963年8月だった。その後、このクラブには、Rolling Stones、Elton Johnなども公演を行っている。The Cavern Club は、1973年に店は無くなるが、後に当時の煉瓦などできる限り活用して再建された。1999年には、Paul・McCartneyが訪れている。

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 地下に降りていくと100名ほどが入ると満杯というホール。店の中央に小さなステージ、奥にカウンターはあってビールサーバーが並んでいる。当時そのままの煉瓦の壁、そこにBeatlesが当時使っていた楽器などが飾られている。Travisのギターも飾ってあった。Beatlesそのもののバンドライブを期待していたけど、アコースティック一本の弾き語りが中心のようだ。Beatlesナンバーを連発していく。みんな世界から集まってきているので、テンションも高く、そしてよく歌っている。僕も声張り上げて歌った。アジア代表だからね。
 店でTシャツを買った。背中に、Beatles、Rolling stones以下、ゆかりのバンド、アーティストの名前がずらっとプリントされている。このTシャツはこの店にしか売っていなかったと思う。お値打ち物だと思うけど。

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 Beatlesが演奏していた当時、The Cavern Clubでは、お酒を飲めなかったらしく、メンバーたちはそのすぐ近所のパブに飲みに来ていたとのこと。それが、The Grapes という店。店のフロアー開けぱなしでカラオケをやっていつつ、さらに別に大音響で音楽も流れ、騒々しいことこのうえない。店の奥に入ってくと、「この写真ここでとりました」という案内、写真があった。

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 これらの店がならんでいるのが、Mathew通りなのだ。この通りから、世界を魅了するUKサウンドが生まれていった。
 Johnが暗殺されたとき、地元のファン(というよりもっと濃密な関係なのだろうけど)たちが、この通りに集まって、その後、街に追悼の行進をおこなったと聞いた。
 
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# by mihira-ryosei | 2009-09-27 01:11 | 旅行
 
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 いわずと知れた大英博物館。要するに、世界から略奪してきたものを、ホレホレと陳列しているところなんだろうと思うから、入場してもあまり熱が入らない。それで、ほら、やっぱり大きな石像や神殿を無残にも切り分けて、持ち帰ろうなどとなんという所業だろうか。イギリスが持ち出さなかったら、その後の内戦や宗教対立で破壊されていたかもしれないなどというのは、大きなお世話というもの。まあ、アフガニスタンのような状況もあるから、まったく間違いとは言えないけど。仮に、日本の文化財がバラバラにされたり、切り刻まれたりしたあと、くっつけられて、陳列されていたらやはりいい気はしないだろう。
 ミイラもね、外国でさらされるためになったわけじゃなし、お~かわいそうに・・・とやはりまじめに見れなかった。ミイラといえば、魚のミイラが、妙に面白かったので、写真に。解説なんぞ見ていないのでわからない。きっとミイラになった貴族が、かわいがっていた魚なんだろう。うちの息子でも、もしそうなったら飼っているアロワナをミイラにするだろうか、なあんて。

 ただロンドンにいてひとついえることは、イギリス人は物を大切にしてきたということ。むやみに古いもの、まだ使えるものを壊して、新しいものに作り替えようとしないこと。これは実に立派だ。そのために多少の不便があっても耐えている。次代に残すことがイギリス人共通の使命のように。狭くて暑い地下鉄にも、古臭いホテルにも。これは、京都が最も学ぶべき精神であった。

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 考えてみれば、日本はなんで丸い郵便ポストをなくしてしまったんだろう。国内、速達、国際など種分けしたかったから?それで、味のある親しみのある丸い郵便ポストを放逐してしまったのだろうか。イギリスでも、アイルランドでも、郵便ポストを見るたびに考えてしまった。日本に帰ったら、丸い郵便ポストの保存・普及の運動でもやろうかなんて。(もうあるかもしれないけど) 

写真下は、泡がぷクぷクでる車の前で楽しむ女性、その下は、頼みもしないのにカメラの前でダンスしてくれた駅員さん。なかなか愉快な国だ。

 
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# by mihira-ryosei | 2009-09-22 01:14 | 旅行

UK IRELAND 2009 ① Abbey Road

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仕事と関連して、12日間にわたり、UK(ロンドン・リバプール)、アイルランド(ダブリン)を訪れる機会を得た。生まれて初めての、ヨーロッパである。
飛行機に乗るまでなんの予備知識ももたず、最初の訪問地ロンドンについた。印象はあれこれある。煉瓦建築の美しさと今なお保存し大事に使い続けていることについての驚き、地下鉄の暑さ、イギリス人のウイットに富むコミュニケーション力、パブとビール、さんざんけなされている料理のことなど数々あるけれども、まずはビートルズだろう。
空調のない暑い地下鉄に乗ってから、i-Podでアルバム「アビーロード」を聞きはじめた。ネクタイとスーツ姿のアジア系のおっさんが、アビーロードに向かっているとは、イギリス人たちは夢にも思うまい・・・とわけのわからない自意識を抱きながら、アビーロードをめざした。駅から地上に出てから徒歩4、5分、こらえきれずに、ユネバー ギブミヨ~マアネ~~~などと口ずさみながら、動悸を感じつつ、結局、なんとなく行きそうなひとたちについていったら、あっけなく、かわいらしいアビーロードの横断歩道があった。
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正直いって、僕はこのなんの変哲もない横断歩道に、感慨無量状態となってしまった。彼らが、アップルスタジオで録音し、この横断歩道を渡り、あまりにも有名なアルバム「アビーロード」のジャケットを撮影した、ということにとどまらず、自分を育ててくれたビートルズだもの、なんか「走馬灯くるくる回る」、「めくるめく」状態になってしまったのである。
実にさまざまな世代のたくさんの人たち、そしていろんな国の言葉が聞こえる。彼らが、次々と、横断歩道を渡っていく。信号もない、車の通行量も決して少なくない道路を。みんな笑っていて、楽しそうで、光景に見とれてしまう。
アップルスタジオの白い塀、柱には、無数の落書きがあるし、準備よろしくマジック持参の若者もいて、ジャンジャン書いている。この落書き、どっかでまとめて白くペンキを塗るそうだ。そうだろうね。

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駅に戻ると、ビートルズカフェなる売店があった。そこでも歌をくちずさみながら、あさましく買いものをするアジア系のおっさんの姿があった。

Because the sky is blue , it makes me クラ~~~~イ

ジョンが見あげた空はこんな空だったかな。
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# by mihira-ryosei | 2009-09-21 13:33 | 旅行
 
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釜山です。海雲台です。夏です。
 なぜか肉ですが、あまりにおいしかったので・・・。嶺南(ヨンナム)食肉店というお店です。
 霜降りよりも香り、柔らかさよりも食べ応え、噛めば噛むほど味が出る。それが韓国地牛の魅力といえよう。刺身と塩焼きを食べた。表現を凝る必要なない。おいしかった。すんごくおいすぃくわったです。

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 ところで、最近、漫画「食客」の人気、ドラマ化、映画化で、韓国の複雑な牛の部位名称と日本のそれとの違いが知られるようになった。漫画「食客」の訳者が作成し、コミック版の参考につけてくれたわかりやすいイラストを掲出させてもらいます。(『食客』講談社 第3巻 P214,215)
 また、メニューの写真をあげておきました。上二つが塩焼きのメニューです。写真2枚目のような形ででてきます。둥심(トゥンシム)、 나겹(ナギョプ)、 치마(チマ)、 제비추리(チェビチュリ)、 안심(アンシム)、 채끝(チェクッ) 、차돌(チャドル)。上のイラストと照合してみてください。ないのがあれば、まだまだ、分類があるということですね。

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 「脇役」も独特だった。「前菜」には、生レバー、生センマイとともに、とろっとした生の髄がついた。また、ウルルン島の山中でしかとれないというにんにくの葉。ほのかな香りと辛味、味付けの酸味。この葉に肉を包んで食べる。さらに、キムチを洗って?かな、数年置いておいた古漬け、京都のスグキの域に達していた。これにも包んで食べる。(写真5枚目)


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# by mihira-ryosei | 2009-09-06 11:57 | 韓国なんでも