オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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dog ear 6 前編 『清張さんと司馬さん』 半藤一利

 いつだったかかなり前に読んだ本で、たしか佐高信が書いたもので、司馬遼太郎は藤沢周平と比較されていた。そして今回は松本清張。どっちも司馬遼太郎は分が悪い。歴史を俯瞰していた、つまり見下ろしていた司馬遼太郎と、「偉い人」を下から仰ぎ見てた藤沢周平、松本清張という対比の仕方であった。司馬遼太郎自身は、決して偉そうな人ではないのだが、「偉そうな人」が司馬遼太郎を神様に祀り上げて彼の歴史観、文明観、日本人観のええとこどりをしているのだ。たとえばこの本で、『坂の上の雲』について書いたくだりがなどはそのことを見事に指摘している。

 「下手な読み方をすると、世界に冠たる日本帝国建設を誇らしげに書いたもの、ということになりかねない。そう読む人も世の中にはずいぶんいるようです。ナショナリズムをたいそうくすぐられて、日本はすべからくこのように勇壮で、闘志満々、先頭に立って世界をリードしていかなければならない、なんて大言壮語する人もでてくる。危険な要素がいっぽうに一杯ある。司馬さんとは無関係に、勝手気儘に、自己流に解釈して、滔々とやっている方と出会ったりすることがある。さぞや天国で司馬さんは苦虫を噛み潰していることだろうな、と深く同情するわけなんです。司馬さんがこの作品のテレビ化、映画化を何があろうとも許さない、と文字通り遺言としているのも、むべなるかな。軍艦マーチでドンドコドンドコと活劇仕立てにされる懸念は十二分にありますから」

 ただ以下の部分は、松本清張側から司馬遼太郎の決定的弱点をえぐることになっている。「ヘドがでるほどきらいだ」といって、決して昭和を書こうとはしなかった司馬遼太郎に対して、松本清張は、執拗な取材のうえに代表作『二・二十六事件』を書いている。
 
 「青年将校たちは、清張さんとは似ても似つかない価値観をもった連中である。しかし、清張さんは何年もこの連中と付き合ったんです。・・・読めばわかることですが、青年将校にこれっぽっちの愛情も抱いていません。親近感を感じない連中と何年も付き合う阿呆らしさと疲労感で死ぬ思いをしたに違いなのです。いやわたくしはすぐそばでそれを見ていましたから、清張さんが一生懸命冷静になって書きすすめておられたのが、実によくわかります。しかし、清張さんは山のような事件関係の資料を読みわけ、考えるのが楽しくて、自然と最後の一ページにまで到達したのではないでしょうか。地べたを這う、草の根をかき分けるとは、そのことを言うのだと思います。昭和史はそうする以外に書けないもののようです。司馬さんの小説は、つねに主人公のその最良のところを示し、かつそれを現代に蘇らせる、そこに成立していたようです。砂漠のなかの一個の砂粒のような人の心の美しさをあらわすことに、司馬さんは全力をつくすのです。ですから、司馬さんの小説はいつも明るい。その司馬さんには青史に恥ずべき、ヘドのでるような昭和の人物像はついに書けなかった。怨念や憤怒や嫌悪では昭和史は書けないものかもしれません。残念ながら司馬さんのノモンハンはついに読むことができなかったわけです」

 司馬遼太郎が昭和史を書いていたら、彼の「反自虐史観」グループにおける位置はずいぶんとちがったものになっていただろう。
(文春文庫)
by mihira-ryosei | 2005-12-13 00:54 |