オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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静岡 浜松・興津行


e0065380_2249344.jpg 土曜の夜仕事を終え宿泊したホテルから、昼前、歩いて浜松城へ。天守閣石垣の下で碑文を見つけた。1959年、北朝鮮への帰国事業を記念したものだ。在浜松朝鮮公民とある。なんとなくもの悲しい。どうして浜松城なのか。朝鮮侵略に一兵もださず、朝鮮通信使を受け入れた徳川家康を意識してのものなのか。よくわらない。
 浜松駅から新幹線で静岡駅に。JR在来線に乗り換え興津(おきつ)に到着。江戸期は東海道の宿場町であり、明治から昭和、帝国憲法下時代の政治家の別荘地である。



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 清見寺。朝鮮通信使の詩文が残っているというので訪ねた。お寺、一筋縄では行かない。実にたくさんの事跡に満ちている。梶原景時、足利尊氏、徳川家康、榎本武揚、明治天皇、高山樗牛、与謝野晶子、山下清・・・。ところが何故か正門と本堂がJR東海道線によって分断されている。「お寺の前庭のところを汽車の東海道線が走っているのはどういうわけかな。お寺より汽車の方が大事なのか。お寺の人はそんしたな」境内で見た山下清の日記の掲示どおりである。


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 坐漁荘。最後の元老西園寺公望が70歳から92歳で没するまで暮らしていた。西園寺に相談におしかける政治家たちの姿は「興津詣」と呼ばれた。実物はすでに明治村に移築されている。最近、忠実に再現建築された。入場無料、案内ボランティアの名調子も楽しかった。
 水口屋ギャラリー。今はもう幕を下ろしたが、老舗の旅館。皇族、政治家、文人が宿泊している。見ごたえのある展示だった。
 街道沿いの魚屋、魚格で、いるかの味噌煮に目を奪われる。さばの燻製を試食してみたら旨かったので買い求める。一匹分300円。興津で、必然性は無いわなと思いつつ、トンカツ屋、かつ平に入る。なかなかやる!
 
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     これは興津名物 鯵の押し寿司
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by mihira-ryosei | 2006-01-22 23:04 | 旅行