オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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107SONG BOOK ザ・ナターシャー・セブン

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 高石ともやをリーダーとするザ・ナターシャー・セブンというグループを知ったのは、KBSの「日本列島ズバリリクエスト」(ズバリク)という深夜ラジオ番組である。1974年4月、僕が高校入学とともに始まった番組である。「ズバリク」での、ギター講座を毎回録音し、繰り返し練習した。僕がギターをはじめたのは小学校4年、クラシックギター教室に通っていたが、それはわずか数ヶ月。その後豊中第九中学に転校してから、解散したばかりのビートルズに夢中になった。その影響から、お年玉で心斎橋の楽器屋で赤いエレキギターを買った。フォークギターはいつ買ったのか記憶がないが、スバリクが僕のギター技術を向上させたことは確かである。
 中学から高校にかけて、洋楽は、ディープパープル、ピンクフロイド、レッドツェッペリンなどのハードロック、あるいはカーペンターズが全盛になっていた。邦楽は、グループサンズが去り反戦フォークが消え、吉田拓郎、泉谷しげるなどのフォーライフ派井上陽水、チューリップ、かぐや姫などが台頭していた。こんな時期に、ザ・ナターシャー・セブンという京都を基盤とするローカルなグループに惹かれたのはどうしてだろう。福井県の名田庄村を根城に、アメリカの古いフォークソング、ブルーグラス、日本の民謡などにとりくむ穏健で健全な、今風にいえば「スローライフ」な音楽に。もっと記憶をたどると、これは定かではないが、「ズバリク」は僕の小学校からやっており、当時同居していた叔母にすすめられて聞いていた気がする。DJは諸口あきらだった。だからカントリー、ブルーグラスの土壌は僕の中にできていたのかも知れない。いつの夏だったか忘れたが、宇治川であったカントリーの野外コンサートにも行っている。
 とにかく、ビートルズを卒業できず、ハードロックになじめず、ニューフォークにはやや天邪鬼だった、僕がカントリーとフォークを融合させたようなザ・ナターシャー・セブンにのめりこんでいく。
 このグループには、高石ともやを中心とするある種文化的教養の広がりとでもいうものが感じられた。毎年祇園祭のときに開催されていた「宵々山コンサート」に迎えていたゲストの高質さと多様さがそのあらわれであろう。多くが永六輔人脈であるともいえるが。
  
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 さて、この本。僕の宝物中の宝物である。1976年に自費出版されている。よく覚えていないが、申し込むなり並ぶなりして、がんばって手に入れたと思う。今でもぼろぼろになったページを繰り、ギターをとりだし、107曲のうちから何曲かを選んで歌う。ぼくが持っている歌集は、この本と、「岡林信康のすべて」キム・ミンギのもの、三冊だけである。
 何年か前から、「宵々山コンサート」が復活したようだ。今年あたり行ってみようかな。

補足 
 ザ・ナターシャー・セブンは結局解散することになる。異才・木田たかすけは、不慮の事故で死亡。天才・城田じゅんじは、昨年殺人を犯し服役中である。残された高石ともや、坂庭しょうごのこれからの活躍にも注目しよう。そしてあえていえば、遠い将来の城田じゅんじの復活も。

 
by mihira-ryosei | 2006-01-28 15:06 | 映画・音楽