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オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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送還日記  韓国/2003年

 
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 386世代の呟きドキュメンタリー映画

 5月5日、あまりにさわやかな晴天に気恥ずかしそうな十三の街で、深刻な政治的映画を第7芸術劇場(ななげい)で観た。韓国のドキュメンタリー映画「送還日記」である。韓国最大部数を誇る映画誌「シネ21」(最左翼のハンギョレ新聞系)で、過去10年間のベスト1に輝いた作品である。この映画は、50年代から70年代初頭にかけて北朝鮮の工作員(スパイ)として逮捕され、数十年もの長期にわたって過酷な獄中生活を送り、出所してから韓国の社会に生活するようになった「ハラボジ(老人)たち」が、「南北雪融け」の中で北朝鮮に送還されていく、その十数年の過程を克明に記録したものである。キム・ドンウォン監督自身がハラボジたちと密接にかかわりながら、そのときに感じた心境を独白として映像に重ねている。彼は南北冷戦・独裁政権下の韓国に生まれ空気のように反共教育を受けて育ち、青春期には政府の反共主義の欺瞞性に目覚め、目覚めすぎ、北朝鮮に強いシンパシーを抱き、そして今日、北朝鮮への幻想が壊れていく中で価値観が揺れ動く「386世代」である。もともとスパイは南の捏造と信じていた監督が、れっきとした工作員に向き合いながら漏れる呟きにも似た本音は実に味がある。
 *386世代 30代で活躍し、80年代に学生運動に参加し、60年に生まれた世代

非転向、転向、長期囚
 
 この映画の主人公は、なんの説明もなければごく普通の韓国ハラボジに見える元長期囚たちである。それにしても死を与えることになんの躊躇もない精神と肉体をいたぶる拷問の凄まじさ、過酷な獄中生活についての生々しい証言は胸を刺す。工作員たちは獄中にあってなぜ人間の所業とも思えぬ扱いを受けたのか。その目的は、共産主義者たちを転向をさせることにあった。思想を放棄させること、命をかけて信じていたものを打ち砕くことであった。転向か死かを迫られ、転向していったハラボジも登場していた。彼らが非転向者と並ぶと哀しいほど憐れに見えるのはなぜだろう。暴力によって強制された転向は有効でないことから、いっそ転向すればいいのだと、かつて韓国民主化闘争ではいわれたこともあった。それでも転向は人間の根っこを引き抜いてしまうのか。転向者の言葉、「全世界の母親はナイチンゲールのような子供を産め、それから(自分の足をぼろぼろにした)尖った靴をつくる靴屋になる子は産むな」と・・・、悲痛なジョークだが笑ってしまった。
 他方、拷問が非人道的で非合理だからこそ、かえって負けられないと決意し耐え続けたという非転向者の言葉は人間の強靭さを表現していて確かに美しいが、「不屈の英雄」を生み出すより、そもそも拷問を無くさねば。
 ところで、気になっていることがある。転向という言葉は国際的にあるのだろうか。もしかして、拷問と一体になった転向強制という行為は、戦前の日本の特高警察のお家芸で、それを韓国の治安警察が継承してきたのではないだろうか。

 彼らをとりまく人々

 
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 「純粋な思想」、「統一への確信」、「不屈の精神」・・・そんな称え様だろうか、386世代のみならず新世代までも、ハラボジたちを尊敬する人びとの多さに驚かされる。住民運動の拠点とはいえ、生活する町の人びとの暖かさにも目をみはる。逆に、南出身の長期囚と家族、親戚との出会いは見るに耐えない。母親の墓の場所さえ教えない兄弟姉妹はどれほど長い時間が獄中で流れても、二度と埋めることのできない深い溝ができてしまっている。またそんな状況おかまいなしに親戚を前に演説するハラボジもいたりして・・・。
 
 韓国人の北への「深情け」

 韓国人の社会運動系の人たちの北への想いは、もはやイデオロギーを超越して、「深情け」といってもいい。騙されても裏切られても、ときには危険なことをしでかしても、後々大変な前科があると判っても、一瞬の微笑み、一夜の思い出を振り切れず、オンナを見捨てることができないオトコのようだ。たとえ自分が同意見でも日本人にオンナを非難されると、「おまえに彼女のなにが判るのか」と弁護したくなる。そんなところだろうか。この映画ではそんな韓国人の心理が自覚的か無自覚的かは別として、よく現れている。
 経済的には韓国より遥かに貧しい北が、国際的に孤立しながもアメリカと闘い続け、独立を維持している、そのことと未だにアメリカの基地を置いている韓国の状況とを比較すると、北朝鮮への想いはやはり断ち切ることができないのだろう。映画でもとりあげていたが、北に拉致あるいは捕虜にされている韓国人の家族の立場から、北朝鮮を厳しく告発している人びとがいることを十分認めてもだ。日本人の嫌韓、親韓問わず、理解の難しいところである。
 
 辛光洙(シングァンス)容疑者

 横田めぐみさんはじめ日本人拉致の中心的な実行犯として国際指名手配されている辛光洙(シングァンス)も、送還された非転向元長期囚としてチラリチラリと画面に登場していた。彼の姿を認めてしまうとやはりシラケテしまう。工作員が仮に冷戦の不可避的産物であったとしても、無差別テロと拉致はどうしても許せない。このことについてしっかり描かれていなかったのはやはり残念である。この映画では、チョン(だったか?)先生と呼ばれていた非転向の長期囚が魅力的な人物として描かれており、工作員も人間味のある優しいハラボジなのだという気にさせるが、もし、これが辛光洙(シングァンス)と入れ替わったらどうだろうか。それは意地悪な疑問なのだろうか。深情けの人たちには。

 それでも送還されて北朝鮮で予想通り「英雄」に祭り上げられてしまったハラボジたち、彼らを報道するニュース、ハラボジたちが太陽を背景にGメンみたいに歩いてくるシーンでは、声をあげて笑ってしまった。他にも結構笑えるところもあった。これは監督のセンスだろう。
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 見終って複雑。でもいろんなことを考えさせてくれる映画。いいものなのだろう。もう一度見てもよい。でも、以下のような感想はもてないと思う。この映画を賛美する連中とソウルの屋台でチャミスルでも飲みながら、彼らにからんでみたいな。
 「こんなに泣きながら見た映画ははじめてです。同じ祖国統一願いを込めて作った『JSA』を考えたら恥ずかしく思います」パク チャヌク監督(『オールドボーイ』『JSA』)、「キム ドンウォン監督を誇らしく感じます」カン ジェギュ監督(『シュリ』『ブラザーフッド』、「本当におもしろくて憎たらしくも悲しく思う。」アン ソンギ俳優(『シルミド』、『眠る男』)
by mihira-ryosei | 2006-05-06 23:46 | 映画・音楽