オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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近所の観光  岩倉-紅葉の実相院、岩倉具視旧邸

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  レンタルDVD(「寝ずの番」)を借りたついでに、紅葉を楽しむために、近所の岩倉・実相院をのぞいてみようと向かった。ところが、駐車場の空きを待つ車が行列、それに恐れをなして自宅に退散した。自転車で出直すことにする。買ったばかりのデジタル・オーディオ・プレイヤーがお供である。今回は、ビートルズの「リボルバー」、鬼束ちひろの「インソムニア」を聴いた。
 自宅から10分ほどで着いてしまう。大変な人出、観光バスも乗りつけてくる。確かに、紅葉はたくさんある。ちょっぴり最盛期を過ぎたくらいだろうか。美しさからいえば、お寺の前の公園のほうが上だ。それでもたくさんの人、みんな懸命にデジカメか、携帯電話を向けている。錦秋京
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都の風情なんてあったものじゃない。かくして、僕もあさましく、デジカメと携帯を使いまくった。この小さなお寺、初めて来たのだが、観光のピークを避ければ、ぜひともゆっくりと訪れたいところである。狩野派の襖絵がふんだんにある。また襖絵の向こうにひろがる赤や緑のもみじを映す「床もみじ」も美しい。春は桜もいいだろうな。秋の観光シーズンにあわせてやっていた展示で、昭和天皇の幼児期の軍服が陳列してあり、面白かった。

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 お寺をでてから、すぐ近くの岩倉具視幽棲旧邸に立ち寄る。紅葉と違って、歴史ともなるとさすがに人影は多くない。岩倉具視は、幕末・維新史の好きな人なら誰でも知っていると思う。もとはといえばこの貧乏公家は、公武合体派から討幕派へと宗旨を巧みに変えながら、明治維新の中心人物となった。遣欧使節の団長としても有名であり、維新政府の右大臣も勤めている。坂本竜馬や西郷隆盛などの「スター俳優」とは異なり、地味である。役者というより、脚
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本家・演出家に近いのかもしれず、歴史の裏舞台で権謀術数の限りを尽くしていたという印象が強い。この旧邸は、岩倉が1862年から1867年まで、幕末維新をめぐる最も激烈な時期に幽棲したところである。38歳から43歳までの間、脂の乗り切った岩倉が、陰謀を練りに練っていた場所なのだ。写真のガラス障子は大宮御所からもらってきたものだという。この当時の岩倉村は京都の中心部からだと、徒歩で行けば片道でも半日仕事だったろう。岩倉と密議するために、坂本竜馬が、中岡慎太郎が、大久保利通が、遠い道のりも厭わず、訪れたのである。岩倉具視、賭場を開くなど破天荒なこともやったユニークな公家で、おそらくとんでもない大胆な陰謀を仕掛けていた人に違いない。
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 岩倉の最後は、一条山。かつて「モヒカン山」として、景観をめぐる住民運動を象徴するものだった。なんかまだ、ヤンキースタイルやね。
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by mihira-ryosei | 2006-11-25 21:37 | 京都なんでも