オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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北の国から 2 海峡を越えたサウスポー

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 翌日の土曜日、マスターズリーグの試合があるというので、札幌ドームを訪ねた。札幌アンビシャス対大阪ロマンス。チケット売り場の前で、内野席2000円か、高いけど仕方ないか買うかと財布をとりだそうとした瞬間、ポンと肩を叩かれた。振り向くと、ファイターズのジャンパーを着たおじさんだった。「チケット買うのですか」と訊ねられたので、ダフ屋かなと思った。ところが、「招待券もらったけどあまりにも面白くないので出てきちゃいました。これあげます。」というのだ。丁寧にお礼を言う間もなく立ち去ってしまったファイターズおじさんであった。
 試合は4回ぐらいまで進行していた。大阪先発のセンター福本はもう退いていた。観客は数千といったところ。勝敗にこだわりのない試合だから、緊張感がないうえ、打者のボールがとにかく飛ばない。面白くない所以だ。懐かしいといっても大スターは出てこない。たとえば江夏とか、田淵とか。何故か、阪神の投手だった福間が、2番ライトでずっと出ていた。川藤がランナースコーチャーで、イニングが終わると、グローブを差し出すたくさんの子供たちに向かって、だらだらボールを投げていた。
  おおっと思ったのが、新浦がマウンドに上がったとき。ファイターズおじさんに最も感謝した場面であった。サウスポーの本格派。静岡商業のエース。小学校の講堂で観た市川昆監督、高校野球ドキュメンタリー映画「青春」が、彼との出会いだった。読売入団。その後、草創期の韓国プロ野球で、在日韓国人、「金日融」として活躍。このことは関川夏夫の傑作ルポルタージュ「海峡をこえたホームラン」に描かれている。帰国後、横浜で、技巧派に転身し、日本球界に復帰。今度は、糖尿病と戦いながらのマウンド生活。これは彼自身の著作で読んだ。
 どことなく哀感漂う、変転極まりない彼の野球人生。ずっと新浦がんばれと思ってきた。だから、初めて生でみることができてうれしかった。痩身、尖った鼻、ぴんと胸をはって、ゆったりとしたテイクバックから、しなりを利かせてボールを投げ込む姿は、往年の新浦を彷彿とさせる。


 
by mihira-ryosei | 2006-12-24 01:01 | スポーツ