オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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dog ear 19 甘粕正彦 乱心の曠野

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 佐野眞一というノンフィクション作家の著書は、たくさん読んでいる。宮本常一と渋沢敬三を描いた『旅する巨人』、正力松太郎を描いた『巨怪伝』、『東電OL殺人事件』、『枢密院議長の日記』など、つまらなかったものはひとつもない。しかし、この本は特別の傑作だと思う。毎度のように、靖国神社に誰が行った、行かなかったという、のんべんだらりとした報道にふれ、中国でオリンピックが行われている8月15日に、甘粕正彦の生涯を考えてみるのは悪くないことだ。

 ただ、この大著、ページを折り込んだ箇所はたくさんあり、それらを書き写すのは大儀なので、序文からの一節のみを引用させてもらう。

 「しかし、私は東映のヤクザ映画にそれ以上のものを感じはじめていた。銀幕から伝わってくるこのデモニッシュな衝動は、一体どこからやってくるのか。それから間もなく。私は東映が、元憲兵大尉の甘粕正彦が理事長だった満映の残党たちによって戦後つくられた映画製作会社だと知ることになった。そういう目で東映ヤクザ映画を見直してみると、登場する男たちはみな満洲からやってきた流れ者の任侠の徒に見えたし、女たちは全員満州に女郎として売り飛ばされる薄幸な運命にあるように見えた。映画人たちの間で「義理欠く、恥かく、人情欠く」と陰口される東映の三角マークの裏側に隠された、えもいわれぬ快美感と、それとは裏腹の名状しがたい恐怖感には、“主義者殺し”の烙印を押されたまま自決した甘粕の無念と、満州の地平線に沈む血のような色をした大きな夕陽の追憶が、底知れないニヒリズムとなって照り返しているのではないか。妄想はそんなところにまで及んだ」
 この本は、甘粕正彦という日本の近代史において、最も謎の多い人物に迫ることをテーマとしている。一般的には、甘粕正彦は、関東大震災に乗じて、社会主義者の巨頭、大杉栄とその同棲相手伊藤野枝、大杉栄の甥・宗一少年を殺害した人物として、また、映画「ラストエンペラー」で坂本龍一が演じていた満州帝国の大立者として、知られているのみであろう。
しかし、この本はそのような甘粕の人物像がいかに皮相なものであるのかを膨大な取材と資料によって明らかにしていく。
憲兵大尉・甘粕正彦の「主義者殺し」以前のことや「主義者殺し」事件自体についての検証、甘粕の服役生活と恩赦出獄、結婚とヨーロッパ留学を前半で、そして後半では、満州建国と甘粕の謀略活動、満映理事長就任、敗戦と自決までを描いている。

卓越した指導力、潔癖、公平無私、部下や周囲への常軌を逸した献身ぶり、帝国への忠誠、趣味は謀略、右翼も左翼も、何国人でも使いこなす度量、紳士、スタイリスト、希代の酒乱、彼らしい最後・・・・甘粕という人物の奥深さ、魔力に、わきあがるような感慨を覚えた。

そして、大日本帝国が生み出した、巨大な虚構としての満州帝国、まさにそれこそが、「乱心の曠野」なのだが、そこに吸引されていった人物の多彩さにも興味がつきない。帝国の興亡を現実に生きた人が、「その後」をどう生きたかも終章で活写されているが、それらを見るにつけ、歴史というのは途絶することがなく、どこかでつながり、形を変えて生き返っているような気がする。

 「甘粕正彦 乱心の曠野」 佐野眞一(新潮社)
by mihira-ryosei | 2008-08-16 02:05 |