オギヨディオラは韓国の舟漕ぎの掛け声。1958年生まれのオヤジが趣味という数々の島々をたゆたいながら人生の黄昏に向かっていく


by mihira-ryosei
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2006年 01月 26日 ( 1 )

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 この本は、現在44歳の著者が1994年度に書いた修士論文であり翌年出版された。この本文だけで400ページを超える大著が、驚くことになんと16刷(2003年)である。数年間読みきれなかったが、年末から年始にかけてついに読了した。

 「こんにちでは忘れられがちなことだが、一八九五年に台湾を、一九一〇年に朝鮮を併合していらい、総人口の三割におよぶ非日系人が臣民としてこの帝国に包合されていた。戦時中の「進め一億火の玉」という名高いスローガンにうたわれた「一億」とは、朝鮮や台湾を含めた帝国の総人口であり、当時のいわゆる内地人口は七千万ほどにすぎない。・・・国定教科書においても、大和民族以外の人びとが帝国人口の三割を占めていることは明記されていた。」(写真下は台湾人、アイヌなどをとりあげた国定教科書)

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なのに「日本人は、いったいいつから、自分たちを均質な民族として描きだしたのだろうか」と問いかけ、「民族論というかたちをとってあらわれ、「日本人」と自自称する人びとのアイデンティティ意識の系譜」に迫ろうとするのである。

 大日本帝国における日本民族論は、明治から昭和にかけて、一貫して混合民族論と単一民族論を軸としたものであるとされ、その対立は、たとえば天皇の情愛と海外領土の同化か権力関係と混血忌避か、皇民化(混血)と優生学(反混血)かなどにあらわされていることが明らかになる。そして、混合民族と他民族国家説にもとづくアイヌ救済、部落差別解消をとなえる良心的見解が、被差別者を文明の名の下に同化させ、戦場に動員することで、大日本帝国の対外進出能力を「証明」し、やがては対外侵略の論理を完成させるという皮肉な結果を生み出す。日鮮同祖論や創始改名もその脈絡においてとらえることも可能である。
 このような状況において、著者は、「柳田(国男)は、大日本帝国のマイノリティである朝鮮やアイヌ、そして山人に対して自覚的でありながら、あえて彼らへの関心を切りすてた。以後の彼は、欧米の脅威にさらされる島国日本の常民を、世界におけるマイノリティとして描き、日本独特の土着文化の防衛と統一を志向し」、「和辻(哲郎)の論理は、日本文化の複合性を風土の複合性から説明することにより、混合民族論を捨てることが可能になった。」として、「(和辻の)単一かつ複合的な文化をもつ、平和な自然的共同体という日本像が、混合民族論の制約をふりきって前面に出る準備がととのえられた」、つまり戦後の単一民族神話誕生への序曲となったと主張する。

 日本における民族論において、日本の家族制度の影響が指摘されており興味深い。
日本の家族制度では、原則的にはどんな者でも養子になれるが、一方でその者は、みずからの出自を忘れ名を変え、新しく入ってきたイエの一員として家風に染まりきることが要求されるのだ
 このことは父権を原則とし、生涯苗字を変えない中国、韓国の家族制度とは対照的である。著者はこの視点から、単一民族神話に迫る。戦前の混合民族論とてしょせん、対外膨張した帝国の理論化に利用され、同化の論理にも日本家族論をみることができる。戦後の単一民族論も、本質は純血主義ではなく、「同化したくない(家族になろうとしない)他者には出会いたくない」という認識ではないのかと喝破する。

過去の神話化の本質は、他者とむかいあって対応をはかる煩わしさと怖れから逃避し、現在にあてはめたい自分の手持ちの類型を歴史として投影することなのだ。・・・わずかな接触の衝撃にすら耐えきれずに神話の形成に逃避し、一つの物語で世界を覆いつくそうとすることは、相手を無化しようとする抑圧である。この逃避こそあらゆる神話の起源にほかならない。」

 なおこの著者は、1997年に提出した博士論文も、翌年本文665ページの本として出版され、これも9刷である。『<日本人の境界>沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』 
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 僕は、他に著者の本、『民主と愛国』、『インド日記』を読んでいる。たくさん読み、た~くさん考え、た~くさん、た~くさん書く研究者、しかも無意味なことはひとつもないのである。小熊英二とは、まさにお化けだ。
by mihira-ryosei | 2006-01-26 21:59 |